第8話 冷徹な右腕

「ぼ、僕を殺すだって!?」


 ライトの発言に僕は驚きの声を上げて椅子の背もたれに体重をかける。

 なるべく距離を取りたいからだ。


『それが最も生存確率が高いと判断しました』


 正確には殺した上で脳を支配します、とライトは補足するが、もっとえげつない。


「そ、そんなの『はい、そうですか』って納得できるわけないだろ!」


 殺意ある鉄腕の形状を見て、冷や汗がドバッと吹き出て鼓動は高鳴る。

 改めて認識する。

 ライトは殺人オートマタだった。

 冷徹無慈悲。自分が生き残るためには、僕が死んでもいいのだ。


 ライトの表情は変わらない。ただ冷静に僕を見つめていた。

 やがてライトの腕が微かに動く気配がした。


(こ、殺される!)


 僕は思わず左手を顔の前に寄せ、目を瞑った。

 だが――、


『…………承知いたしました。再度検討いたします』


 右腕は僕を襲うことはなかった。

 ライトの腕は元通りに戻っていた。


「……へ?」


 我ながら惚けた声を出したと思う。

 ライトの真意が全くわからない。


 殺すんじゃないのか……?


 するとライトは僕の心を読んだかのように口を開いた。


『マスターを殺害するには、マスター登録を削除していただく必要があります。

 マスターができないとおっしゃるのであれば、殺せません』


 そして、また『検討中です』と目を白黒とさせて演算を開始する。


 釈然としなかったが、ライトは僕を殺すことができないようだ。

 それがわかって、拍子抜けしたように身体の力が抜けた。

 全くの偶然ではあるのだが、マスターになっておいてよかった。


 まぁでも考えてみれば、そうだ。

 自律しているとはいえ、彼女はあくまで命令を忠実に実行するオートマタ。

 命令をする人マスターがいなければ、短絡的な行動しかできない。


 さっきのは生存確率を上げることに特化した演算。

 僕の要望を取り入れれば、それ以外の解を出してくれるってことか。

 まさか人を殺して生き残るような手段は提案しないよね? まさか。


『検討完了』


 今度はもっと早い。

 演算を終えた合図をすると、ライトはまた静かに口を開く。


『定期的に人を紹介ください』


「……念のため聞くけど、何のために?」


エネルギーを補給する人を殺すためです』


「ダメに決まってるでしょ!?」


 大声でライトに向かって叫んだ。

 間違い。ライトはどこまでいっても冷徹な殺人オートマタだった。


『証拠を残したりはしませんが』


「そういう問題じゃないよ! ダメだったらダメ。

 人殺しはしない方向で検討して」


 相手は機械だ。もっとちゃんと言わないとダメなんだ。


『…………要望を条件に入れました。再検討します』


 ライトは少し黙った後、三回目の検討をし直した。

 これが人だったら渋々といった表現が付け足されるだろうけど、ライトは殺人オートマタ。

 おそらく自分の主要用途とは対立する要求を言われたから、一瞬フリーズしたんだ。


『検討中です……』


 今度は長考。


 僕はふぅと息を吐いて、力を抜くように椅子の背もたれに背をつけた。


「……あ」


 落ち着いたからか、ようやく僕はライトの上半身の姿に気がついた。


 布が落ちていたのか。

 僕はその肢体を見ないように左手で目隠しして、机の下を確認。

 布はそこにあった。


 早く隠さないと。

 自分の家の中でよかった。人に見られてたら変態扱いだもんな。

 なんて、考えながら布を拾おうとすると、


「レオ? いる?」


「……!?」


(キャリ姉……?)


 扉をノックする音と呼び声が聞こえた。

 思わぬ音に身体がビクッと驚き、声が出なかった。


「いない? うーん……家に帰ってると思ったけど。

 あれ? 鍵、掛かってない」


 ドアノブが捻られるのが目に入って、僕は目を丸くした。


(え!? 嘘だろ!? あ、鍵を閉め忘れていたのか? いや、それよりも――!)


 この状況はマズい。

 右手に裸体の女性の上半身を持っている状態。


「うわー!! 待って待って!」


 そうやって大声を上げるが、もう遅かった。

 扉はもう開いていて、キャリ姉とニコちゃんが立っていた。


「あ、なんだ。いるじゃない。だったら返事を…………」


 僕がいることを確認したキャリ姉。

 視線が混じり合う。


「…………」


「…………」


 古くて安いこの部屋の扉はキィという寂しげな悲鳴を奏でて、


「えっち……」


 ゆっくりと閉じた。


「――――!!」


 その後、全力でキャリ姉達を追いかけたのは言うまでもない。

 最後に言い放ったキャリ姉の唇は僕の記憶に一生残ってしまった。

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