第2話 失った右腕

「はぁ……」


 力無くため息を吐き、トボトボと廃棄場へ向かって歩く。


 カンカンという何かを叩く金属音やゴウンゴウンと何かの機械が回転している音がいつものように街に響き渡り、資材を運んでいるクレーンの横を通り過ぎた。


 背中には女型のオートマタ。

 精巧に作られているためかその見た目は人間らしい。

 だらんと力無い女の人を紐で縛って背負っているように見えるみたいで、通り過ぎるたびに通行人がギョッとした目で見てくる。


 だけどそんなことは気にならなかった。


 会社をクビになった。しかも理不尽な理由で。

 確かにそういう話はよく聞くけれど、まさか本日付けで急に切られるとは思わなかった。


 しかも。


『君も廃棄だ、なんてね』


 サムエル社長――いや、もう社長じゃないか……――サムエルさんに言われたことを思い起こす。


「冗談でも言っちゃダメだろ……」


 地面にあった小石を軽く蹴った。


 もし僕が本気で廃棄場で投身自殺したらどうするんだ。


 そんなに僕が要らなかったのか。

 今までそんな素振り、少しも見せなかったのに。


 出来るだけ敵を作らないように従順に働いてきたつもりなんだけど。

 どうやらサムエルさんには無意味だったらしい。


「これからどうしよう……」


 晴れて無職になった。けれど僕は運び屋しか仕事を知らない。

 運び屋会社はこの街だとフェデック社しかない。


 他の街に行くという考えもあるけど、街外は獣を模した機械――機械獣が蠢いている。

 そいつらは人を見れば襲ってくるような凶暴性を秘めていて、自己増殖機能もあった。

 街の外に出れば必ずと言って良いほど襲ってくるから、対抗手段を持っていなければならない。

 とはいえ、機械獣は武器を真っ先に壊すらしいけど……。


 それに僕には機械獣を倒す武器も術もないし、護衛を雇うほどの金もない。


 まぁだからこそ低賃金だけど安全な街内の配達に専念していたんだけど。

 そして今も金がないため、外に出ることはできない。


 結局、僕は街内に居続けるしかない。

 街内での仕事か。

 運び屋以外で僕が出来ることとはなんだろうか。


「精々、廃棄物の回収くらいかなぁ……」


 僕は漸く見えてきた廃棄場を光を失った瞳で眺めた。


 廃棄場は僕が住んでいる街エルガスの北端にある。


 エルガスは機械産業が盛んな鉄の街。

 地下資源が豊富に採掘でき、大きな川が街を縦断している。

 川の両端に工場が立ち並び、常に煙突からは排煙が昇る。

 汚染された環境のためか草木が育たず、砂埃が舞っていた。

 そのため全体的に黄土色の空気が常に漂い、人々はそれから守るために布を口に当てていた。


 そんなエルガスには巨大な廃棄場がある。

 といっても名ばかりの大きな空洞があるだけ。

 人工的に造られたように見える空洞は、崩落しないように周りを合金で固められ、内部にもパイプや鉄骨で補強していた。


 そんな大きな空洞に街の住民は廃材や廃棄物、それに生ゴミといった生活ゴミを考えなしに放り込んでいく。

 僕も例外ではない。

 背負ったメイド服を着た女オートマタをこの空洞に捨てようとしているのだから。


 まぁそれでもこの空洞が埋まることはないらしい。

 僕が生まれる前からあるから詳しくは知らないが、どうやらこの空洞は物を落とすとエネルギーに変換して街に供給してくれる。


 ゴミを放り込むだけで勝手に処理してくれるんだから楽で良い。


「街のゴミを集めて廃棄場に捨てるだけの仕事か……」


 今よりも低賃金だと思うけど、仕事がないよりはマシだ。

 危険な街の外にも出なくてもいい。

 街内には機械獣が滅多に入ってこないのだから、街内を歩き回って廃棄場に行くくらいだったら、僕でもできるだろう。

 そもそもそういう仕事があるか、は調べないといけないけど。


(とにかく)


 さっさとこのオートマタを廃棄して、仕事を探そう。

 僕はオートマタを背負い直し、廃棄場の中へ入る。


「――――?」


 そこで異変に気がつく。

 ズドンという大きな音がしたかと思うと、廃棄場から慌てて出る人々とすれ違った。


 いったいなんだ?

 どうしてみんな逃げているんだ? と考えていたが、すぐに答えが出た。


「機械獣だァァ!!」


「なんだって?」


 誰かがそう叫ぶのが聞こえるのと同時に目の前の空洞付近にいたソレを確認した。


 鋼鉄の鎧を身にまとい、虎を模した四足歩行の機械。

 こちらを見て唸りを上げていた。

 大きさは大人くらいだが、前脚には強靭な爪が生えていて、両肩には回転する円盤状のブレード。

 口には大きく尖った二つの上顎犬歯があり、背中には先端が砕けたドリルが携えていた。


 どこから侵入してきたのか、と周りを見渡すと北の壁に煙が上がっていた。

 外敵から守る役割をしているはずの天高く聳え立つ防壁。

 それなのに今その壁には穴がぽっかり開いていた。

 劣化していて崩れたのか機械獣が突進してきたのか。その両方か。

 とにかく壁に穴が開いたところからあの虎は侵入してきたんだ。


(に、逃げなきゃ!)


 機械獣の唸りを聞いた瞬間、冷や汗がドバッと噴き出た。

 震える足を鼓舞して僕は逃げていく人に倣って、廃棄場を出ようと振り返ろうとした――――。


 ドサッ――。


 だが、そんな音を聞いてしまって立ち止まる。

 音の鳴る方を見ると、僕よりも機械獣に近い位置で倒れた女の子が転んでいた。

 5歳くらい子で、こんな場所にいるから当たり前だけど、ゴミ袋を持っている。

 家族の手伝いとかでゴミ捨てに来たのだろう。


 周りにはもう誰もいなかった。

 大人の逃げ足の方が早いから当然だ。

 きっと逃げている最中に誰かに押されて転んだんだ。


 機械獣は空洞近くにいたが、転んだ音のせいでその子を捉えた。


「あ、危ない」


 それを見た瞬間、僕は思わず駆け出していた。

 僕が行ったところで犠牲者が増えるだけなのに、何故か身体が勝手に動いていた。


「ガアァァアアア!!」


 機械獣も雄叫びを上げて女の子に向かって走ってきた。

 だが、この距離だったら僕のほうが着くのが早い。

 彼女と機械獣の間に立ち、腕を大きく広げた。


「ガアァァア!」


 機械獣はそんな僕に怯むことなく、スピードを上げて飛びつき、


「ああぁぁああああ!!」


 僕の右腕に噛みついた。

 鋭い牙が腕に食い込み僕は悲鳴を上げる。


「ぐぅぅ……!」


 でもここで下がったら、女の子が殺される。

 僕は歯を食い縛って足を踏ん張る。


 だが。


「ガルァァアア」


「――――ッ!!」


 機械獣は僕の右腕を噛んだまま、グルンと頭を振ってくる。


 しかもあろうことか。


 キュィィイイイン。

 

 という音をさせて肩にある円盤状のブレードを回転させたかと思うと、僕の右肩にそれを当て――。


「! あぁぁあああ!!」


 右肩から血が噴き出て、痛みで思わず悲鳴が出た。


「ぼ、僕の腕が……! ――――ッ!」


 だが不幸は更に連鎖する。

 突然の浮遊感が僕を襲う。


 右腕が切り離されたことで、機械獣によって振られた僕の身体は簡単に宙を舞った。


 しかもその先は機械獣の後ろ。


 後ろには何があったか。何もなかった。

 壁もなく、地面すらも存在しない。


 つまり廃棄場の空洞だ。


「うわぁぁあああ!」


 痛みと恐怖で自然と涙が出てくる。


(くそ! くそ!)


 結局、何もできなかった。

 機械獣を止めることもできなかったし、ましてや女の子を救うこともできなかった。


 あいつは無感情に既にムシャムシャと僕の右腕を噛み砕いている。

 女の子は泣きべそをかいて落ちていく僕を見ていた。


 だが、現実は無情だ。


(い、嫌だ……死にたくない! 死にたくない!

 こんな死に方なんて、嫌だ!)


 心の中でそう叫ぶが、僕の身体は重力に従い、


「あぁぁぁあああ!!」


 廃棄場の空洞へ落下していった。

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