弱虫運び屋の右腕は殺人オートマタ

久芳 流

第1章 右腕は殺人オートマタ

第1話 理不尽な解雇

「……かい……こ……?」


 受け取った紙を見て僕は絶句する。

 今朝、社長室に呼び出されると、その紙を渡された。

 突然のことで信じられない。

 だけど何度瞬きしても紙にははっきりと書かれていた。


『レオ・ポーターを本日付けをもって解雇する』


 理由の記載すら一切なく、無慈悲なまでに冷徹に書かれたその文字に僕の頭は真っ白になる。


 いったい何故?


 一日のノルマも達成しているし、無遅刻無欠勤で誰にも迷惑をかけていない。

 出来る仕事を丁寧に心掛けよ、という亡き社長の言葉を胸に今日まで必死に働き、少ないながらも利益に貢献してきたのに。

 しかも本日付けって。そんな急に言われても納得なんてできるはずがない。


「い、いったいどうしてですか?」


 僕は目の前にいる現社長の背中を呆然と見つめた。

 長身で高価で良質そうなスーツを綺麗に着こなしたその男は工場の煙と砂埃で黄色がかった外の景色を眺めていた。


「要するに人件費削減だね」


 用意してあったかのような口ぶりで答えて振り返った。

 端正な顔でこちらを見てくるその男の名はサムエル・フェデック。

 運び屋会社フェデックの二代目社長だ。

 街内はもちろん危険な外においても物資や人の運搬をするこの街唯一の運び屋会社。

 サムエル社長のお父さんが一代で築き上げたが、つい最近その先代社長は亡くなってしまった。

 その後を引き継いだのがサムエル社長だった。


「君の成績を見させてもらったよ。確かに最低限ノルマはこなしているし、丁寧との評判だ」


 彼は持っていた紙をニヤニヤと見下すように確認していた。

 おそらく僕の営業成績や評判が書かれているんだろう。


「だけどそれだけだ。君は凶暴な機械獣がいて危険だけど高い収益が見込める街の外には届けないし、街内であっても配達スピードが遅い」


「そ、それは僕が担当しているお客様の商品が取り扱い注意のものばかりで……!」


「言い訳は聞かないよ」


 弁明しようとしたが、サムエル社長に一蹴される。


「君はノルマを達成すれば良いと思っているのかもしれないけど、ノルマはあくまでノルマだ。

 フェデックの社員なら僕の期待を超えたノルマ以上の仕事をしてもらわないと」


「……え?」


 サムエル社長の言葉を聞いて、僕は耳を疑った。

 彼のお父さん――つまり先代社長の考え方と明らかに違っていたからだ。

 訳の分からないという僕の表情を読み取ったのかサムエル社長は話を続ける。


「僕はつくづく父の考えに疑問を持っていてね。

 やれ人情だ、やれ義理だって。

 しまいには君みたいな孤児上がりにすら仕事を与えたり……まったく非効率なことばかりだったよ」


 確かに先代社長は慈善活動の一環として孤児を雇い仕事を斡旋していた。僕も例外じゃない。

 ただみんな15歳くらいになると別の職に就くんだけど、僕は先代社長への恩もあってこのフェデック社に居続けた。

 それを疎ましく思っていた人がいたのも知っていたけど、まさかサムエル社長もそう考えていたとは思わなかった。


「それでも大きくなったのは時代がよかったんだろうけど、今は違う。

 これからはスピードの世の中さ」


「スピードですか?」


「あぁ。無能な人間を雇い続けるよりも使える奴を利用した方が良いだろ?

 ノルマしかこなさない君くらいの仕事は、正直自動人形オートマタでも出来る!」


 サムエル社長がそう言った瞬間、それに呼応したかのように横から機械音が聞こえてきた。

 見ると、着色もなく機械らしい肌が露わになったオートマタが2、30体くらい立ち並んでいた。

 人間味のない不気味な出立ちに僕は目を大きく見開き、


「……これは!?」


と驚きの声を上げた。

 そんな僕をサムエル社長は得意げに笑った。


「ウチの子会社に作らせたんだ。オーダーメイドの配達兼戦闘オートマタ。

 これがあれば、街内でも外でも配達が可能だ。

 しかも今まで以上のスピードで大量の荷物を届けられる。

 遅くて無能な奴はどんどんこれに置き換えればいい」


 つまり僕以外にも――おそらくノルマを達成できてない人――が少なくとも20人は辞めさせられているということか。

 それもそれで問題だが、こんな大量のオートマタがここにあるというのも異常だ。

 何故なら、


「オートマタって高いんじゃ……!」


 オートマタは一体でもかなりの価格がする。

 それこそ会社として製造したとしても、こんなに作れば回収するにはそれなりの時間と労力が必要なはずだ。


(あ、だから人を減らすのか?)


 人を減らせばその分、予算が浮く。その代わりオートマタがちゃんと働けば確かに採算は取れるかもしれない。


 だが、問題はそれだけじゃなかった。


「今後の投資だと思えば安いものさ。

 それにこれらのオートマタはな部分を省いたおかげでだいぶ安くなったんだよ」


と嬉しそうにサムエル社長はそう言う。


「省いたですか……!?」


 それを聞いた瞬間、僕は戦慄した。

 よく配達している得意先の関係でサムエル社長が削ったという部分がなんとなく想像できたからだ。


「あぁ。要は最低限、配達できて自衛できれば良いんだろう?

 だからデザインとか滅多に使わない装置とか無駄な部分は全部削ったんだ」


 納期も短くなったしね、とさも自然の摂理かのように説明する。


「まさかとは思いますが」


 勘違いであってくれ、と願いながら僕は真っ青な顔をしながらサムエル社長に聞いてみる。


保護機構プロテクターも外したんですか?」


「もちろん」


「今すぐ使うのをやめてください!」


「あ?」


保護機構プロテクターはオートマタの力を制御するもの!

 保護機構がないオートマタなんて危険すぎます!

 今すぐ使うのをやめるか、子会社に連絡して付けてもらうようにしてくだ――」


「レオ・ポーター?」


 オートマタの危険性を訴え僕は忠告するが、口が止まる。

 サムエル社長は尊厳が傷付けられたようにひどく顔を顰め、僕を睨んでいた。


「――ッ!」


 その表情にビクッと身体が強張る。

 僕が黙ったのがわかると、サムエル社長は安心したように息を吐く。


「確かに保護機構を外せと言った時、オートマタこいつらを作った会社の技術者は君みたいに喚いていた。

 だが聞けば安全装置セーフティはあるそうじゃないか。

 保護機構は同じようなものなのに金もリソースもバカ高い。

 付ける意味がどうしてある? 安全装置があれば充分じゃないか」


「で、ですが……」


「レオ・ポーター?」


 サムエル社長はもう一度、僕の名前を呼ぶ。


「君はいつから僕に指図できる立場になったんだ?」


「…………失礼しました」


 サムエル社長のこの凄みは父親譲りだった。

 問答無用に相手の意見を握り潰す。

 その凄みに負け冷や汗が大量に滲み出た僕は渋々、頭を下げた。


「わかればいいよ。話は以上だ。もう出てっていいよ」


 頭を下げながら、動けない。

 僕は下唇を噛み目からは涙が滲み出ていたからだ。

 そんな姿をサムエル社長に見せたくなかった。


「ほら、早く出ていきな。新しい仕事、見つけなきゃだろ?」


 しかしそんなことは知る気もないサムエル社長は虫を追い出すように手を振り、僕をこの部屋から追い出そうとしていた。


「尤も街の外にもいけない君みたいな弱虫を雇ってくれるところなんてないだろうけどね」


 そう言ってケラケラと笑うサムエル社長。

 悔しいが、確かにここを追い出される以上、仕事を探さなくては。

 僕は顔を見せないまま、黙って振り返り、トボトボと社長室を出ようとした。


 だが、


「あぁ。ちょっと待った」


 すぐに呼び止められる。

 まだ何かあるのか、とサムエル社長の方を見ると、


「最後の仕事だ」


とサムエル社長はオートマタを持ってきた。


 そのオートマタは先ほど見せてもらったものとは違い、女性とわかるデザインをしていた。

 黒髪のボブに切長のはっきりした目、メイド服を着ているためはっきりとはわからないが、スタイルも良く身長も僕よりも高かった。

 だが機能は停止しているのか、全く動く気配がない。


「……これは?」


「オートマタのサンプルだ。開発・研究するために買ったんだ。

 だけどもう必要ないからね」


 あそこより安くて良いものが作れたからね、とサムエル社長は自分のオートマタ達を自信ありげに見る。


「だからこのオートマタを廃棄場に捨ててきてよ。

 君みたいな弱虫でもそれくらいできるだろ?

 なんなら、レオ・ポーター、君も廃棄だ、なんてね」


 冗談だよ、とサムエル社長は愉快そうに高笑いしていた。

 僕にはもう拒否する元気も愛想笑いを浮かべる元気もなかった。


「…………わかりました」


 僕はサムエル社長から廃棄予定のオートマタを受け取ると、手際良く縄で縛り付け背負った。


「今までお世話になりました」


 こうして僕は運び屋会社フェデックをクビになった。

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