【23色目】良い音楽仲間 〜青と黒の20日目〜
「皇さん、上手だったわね。正直侮ってたわ」
「でしょ? あの見た目であの音って、最初聴くと結構ビックリするよね」
「えぇ、体の小さい奏者さんはよくいるけれど……皇さんはすごいわね」
紅葉の演奏が終わったあと、瑠真と黎は話していた。
「次は私たちのようだけれど、緊張は?」
「いや全く。昔から緊張とか全然しないタイプだったから。それに授業だしね。そこまで重く考える必要はないんじゃないかなって」
「やっぱりそうよね」
「あと、ちょっとぐらいだったらミスしてもバレないだろうし」
「あら、その考えはいただけないわね。目指すところは完璧、じゃないのかしら」
「もちろん僕もそのつもりではあるよ。ただ、もしこのことがあったらってだけ」
「ふふ、ごめんなさい。今のは意地悪だったわね」
「っていうか、僕と黎さんならきっとうまくいくでしょ」
「えぇ」
入学してからほとんど会話をしていないはずの2人だが、何か通じ合うところがあるのだろうか。
「じゃあ、行こうか」
黎の繰り出す1音。
不協和音のはずなのに、美しく聞こえる、瑠真の1音。
2人の演奏が始まった。
……何故だろう。
心を揺さぶられるものがない。
非常に正確で、正しい。
けれど、それだけ。
曲の表情に合わせて体は動いているが、2人は無表情。
(……やっぱ、瑠真は変なやつだな)
(……やっぱ、黎は楽しめてないな)
紅葉と誇白の頭に、各々の記憶が流れる。
不思議な音程の曲だった。
紅葉は少し大人な雰囲気、誇白と翠々夏はのどかな雰囲気。
しかし、この2人の演奏に対して言えることは、一つ。
不気味。
「うん、すごく上手だね。いい感じいい感じ」
演奏が終わったあと、燐華はそう言ったが、目が笑っていない。
「いい感じだった、みたいね」
「うん、ノーミスだったよ」
「私もよ。いいセッションだったと思うわ」
「ありがとう、黎さん」
「こちらこそ」
2人の会話は、不協和音なのか、はたまた、調和している一つの音なのか。
それは、2人にしかわからなかった。
(楽しい、とか、よくわかんないな。これだけ上手な人とやっても、綺麗な人の歌を聴いても、わからない。今日の紅葉……いつもと違う感じだった。あれが、楽しんでるってことなのかな……?)
瑠真の頭を、そんな考えが掠める。
(あのクソ親父を見返してやるために、昔は意地でも楽しもうとしていたけれど……結局は、私のせいで誇白が傷ついてる。私には、楽しむ資格なんてないし、楽しむ気にもなれないわ)
黎の頭に、そんな考えがよぎる。
「今日の授業、普通に楽しかったな!」
音楽室から教室に移動している時に、紅葉が言った。
「紅葉、なんかすごかった! ダダダダーッってしてて、ババンバーッって来た!」
「うーん、もうちょっと考えてから喋ろうか、梨良」
口ではそう言う瑠真だが、実際は、こういう梨良のよくわからない発言が段々と理解できるようになっている。
「あと、黎ちゃん!」
梨良が目を輝かせた。
「そうだね。黎さんは本当に綺麗だよ」
何がそう見えるようにしているのかはわからないが、彼女からは、その、持った色に見合った、闇のような部分を感じる。
音には、人の性が現れるものだ。
自分の性なんてものはわからないが、黎の出すその音は、何か、他の音とは違う。
暗い。
けど、どの音より、綺麗だ。
黎の音に対して、瑠真はそう感じていた。
「瑠真おまッ…………今、なんて……」
「瑠真、惚れちゃったの?」
「今まで『僕、そういうの全く興味ないんだよね』みたいな感じだったくせに!」
「流石に好きになるのが早すぎると思うんだけどなぁ……」
頭の中では色々と考えていたが、何を口に出すかはあまり考えずに喋ってしまったことに、瑠真は気づいた。
一瞬戸惑ってから、
「あー違う違う! そういうことじゃなくて、なんていうのかな、音楽的に綺麗っていうか? そっちの話。僕より全然上手だよ。本当に」
と答え直した。
「なんだ、おもんな」
「面白くなくて結構だよ」
他愛もない会話が続いた。
(……何もわからないけど、これが楽しい、かな)
そんな、他愛もない会話の外で、紅葉は密かに思い出す。
転んだ。血が出た。痛い。
そして、怖い。
そう感じた幼児は、どんな行動を取るか。
泣くだろう。
その日、紅葉は、道路で転んで、その本能を抑え込もうとしていた。
泣いたらかっこ悪い。男だろう。泣くな。
そんな考えが、幼い紅葉の目から流れるそれを、止めていた。
「…………」
ふと、顔を上げると、そこに、1人の男の子が立っていた。
「…………」
ただ、黙ってこちらを見つめている。
軽蔑しているのか、心配しているのか、嘲笑っているのか。
どんな感情なのか、全くわからない、その目線で、ただただ、静かに見つめてくる。
「……!」
それを察知した瞬間、紅葉の目からは、大粒の涙がこぼれ出していた。
「びぇええええええ!」
「……うるさいね」
それが、瑠真との出会いだった。
(出会って初めて、しかも転んでる人に向けて『うるさい』なんて言うようなやつだもんな。今でも、何考えてんだか、ほとんどわからん。音もキモくて当然だろ。何弾いててもあんな感じだし)
あの頃と比べて、もっと広くなった身長差。
紅葉は、瑠真を見上げる。
「……? なんかついてる?」
「……いや?」
……ほんと、変なやつ。
「……黎?」
「あ、誇白……とても上手だったわよ。時間ができたらまた小さい頃みたいに連弾したいわね」
「……うん」
そんな黎の言葉に、誇白は心配を覚えた。
「誇白?」
「あ、黎……どうしたの?」
「一緒にピアノを弾きたいの」
「……そっか。じゃあ、一緒にやろう」
同じ椅子に座って、同じピアノに手を置く。
「「せーの」」
……音には人の性が現れる。
「黎、楽しいね」
「えぇ! すっごく楽しい!」
明るく、綺麗な音色は、1人の奏者が奏でているように、ピッタリと重なる。
「何をやっているんだ」
そこに現れた、重低音。
「誇白、お前はこんなことをやっている暇はないだろう。ろくに魔術も使えないくせに音楽を嗜もうなどと……黎は少なくとも実力があるからいいものの、お前はそんな権利はない」
次の日には、椅子は小さくなっていた。
「……誇白だってがんばっているのに。私が、いっしょにやりたいって言ったのが悪かったのかな……もう、いっしょにできない? 楽しそうにしてる誇白が、いっしょにやってくれるから、私はピアノが大好きだったのに」
小さくなった椅子を見て、小さく呟いていた。
その日から、黎の音が少し違うものになった。
明るい曲を演奏していても、暗い音色に感じる。
表情も暗い。
それが、6歳の時の話だっけ。
「ねぇ、黎」
「どうしたの?」
「今日は、楽しかった?」
「…………」
「また、ちっちゃい頃みたいに、楽しく、できたらいいなって。蛍火先生なら、楽しくやらせてくれそう、じゃない?」
「……そうね」
えぇ、そうね。あなたが楽しめるのなら。
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