【21色目】ペアワーク 〜赤と薄紫・紫と黄の16.5日目〜
今、皇紅葉は世界中の『めんどくさい』という感情を凝縮したような倦怠感を感じていた。
そして、それが顔に出ていた。
そもそも彼が楽器を始めたきっかけは、怖い先輩に脅されたことである。
中学に入学したその日、幼馴染である瑠真につきそって吹奏楽部に見学をしに行った紅葉は地獄を見た。
紅葉と瑠真が通っていた中学校の吹奏楽部は廃部寸前で、どの部活よりも部員集めに必死だった。
先輩の女子に各パートをたらい回しにされ、どんなパートでも『才能がある』と言われまくったのに裏では『あいつ絶対下手だ』となどと言われ、挙げ句の果てに『絶対入部してね』と鬼のような形相で言われ、紅葉は人生で初めて女子という生物の怖さを思い知った。
結局、柔道部や剣道部、弓道部などの武道系の部活がなかったため、紅葉はトランペット希望で吹奏楽部に入部することにした。
が
希望楽器であったトランペットを吹く日は来なかった。
なんと、紅葉の世代に入部した一年生は紅葉と瑠真の二人だけだった。
瑠真が希望楽器であるクラリネット担当になったのには『小さい頃からやっているクラリネットが適任だから』というはっきりとした理由がついているが、紅葉は未経験者。
希望楽器? 未経験者ならそんなものは知らない。
吹奏楽部の弱点を埋めてもらう存在になってもらうのが一番いいだろう。
そして、この世代の最大の弱点は、低音パートが一人もいないというところだったのだ。
紅葉でなくても入部した新入生を低音パートにするのは先輩たちからすれば必然的なことだったのだ。
そこからの紅葉の扱いはひどいものだった。
紅葉は一人しかいないのに、譜面によって最も重要な楽器は異なるのだ。
そのため、チューバ、コントラバス、バリトンサックス、そしてバスクラリネットやファゴットなどと、普通の人なら名前も存在も知らないであろうマイナーにマイナーをかけたような低音楽器の数々を紅葉は経験していくことになった。
一つ一つ、使う息の量も指の使い方も全く異なる楽器たち。
振り回されているうちに気づいたら紅葉はほとんどの低音楽器を演奏できるようになっていた。
そしてもう一つ。
「何その音。舐めてんの?」
「音楽甘く見ないでくれる?」
必死にやっている紅葉に対しての、先輩たちからの対応も凍えるほどに冷たいものだった。
みなさん、知っているだろうか。
おそらく、この地球上に吹奏楽部の先輩ほど怖い人種はいない。
だって、この楽器やりたいっていう俺の気持ちをガン無視したのも、入部しろって脅したのも、お前たちじゃん。
実際、俺運動部入る予定だったし。
あと、そもそも使う楽器が定まらないのって普通打楽器の人たちだけじゃないの?
それなのに吹く楽器の俺の担当楽器は一つに定まらなくてさ。
てか、お前らだって実際そこまで本気でやってないだろ?
奏者としての本音は口に出せば人間として嫌われる。
紅葉はこういった感情を必死に心の中に留めながら演奏を続けた。
退部して低音パートが一人もいない状態にしてやることで先輩たちに復讐することもできたが、紅葉はそんなやり方をする気にはなれなかった。
逆に、見返してやろうという感情の方が強かったのだった。
しかし、紅葉の才能は壊滅的なものだった。
三年間休まずに部活を続けた紅葉だが、いつまで経ってもリズムが安定せず、伸び悩み続けた。
それに、やる楽器がコロコロ変わってしまうから、一つの楽器を極めることもできなかった。
「高校行ったらもう演奏しないって決めてたのに……」
小さな声で紅葉は呟く。
「こーら、一応、俺が成績つけなきゃいけないんだから、そんな不機嫌そうな顔しないでくれよ。C評価だけはつけたくないからさ」
横から燐華がいうが、その表情は全く危機感のないものだった。
むしろ楽しそうな表情と言って良いだろう。
「俺と君でやろうって言ったのにはちゃんと理由があってな。わかるか?」
「わからないです」
「君の譜面はバリトンサックスのソロだ」
そう言いながら燐華が紅葉に渡した譜面には本当にそう書いてあった。
「初めて見ました……こんな譜面」
「オプションで俺がドラムやるからさ。ジャズ系のやつなんだけど、やってくれるか?」
「は、はい」
そして、雷輝と梨良だが、二人は話の前に身長差による話しのしずらさに頭を悩ませていた。
「黄之瀬……でっかいんだね……」
椅子に座っている梨良が絶望にも近い表情で言った。
梨良は首が取れるんじゃないかというぐらい、必死に上を向いて会話をしている。
「苗字で呼ぶのやめてくれるかな。それと、俺がデカいんじゃなくて君が小さいの」
めんどくさそうな表情で、立ったままの雷輝が返答する。
実際雷輝の身長は176cmで、梨良の身長は137cm。
雷輝の言う通り梨良がかなり小さいのである。
「じゃあ、雷輝!」
「ん……まぁ……まだその方がマシか」
ほぼ初対面の人間に呼び捨てにされるのは少し抵抗があったが、苗字で呼ばれるよりはマシである。
「で、なんだっけ、音楽の話だっけ?」
雷輝が梨良に目線を合わせるためにしゃがんで梨良の顔を覗き込む。
「うん! 先生話せって言ってた!」
「困ったな……」
雷輝はゆっくりと音楽を聴けるような環境で育った子供ではない。
語らおうにも話の種が見当たらないのだ。
そう思っていると、梨良がいきなり立ち上がった。
「梨良はね、蓄音機作るの、好き!」
「そうなんだ…………ね?」
適当に返事をしようと思ったが、明らかにそんな返答ができるようなことを彼女は言っていなかったことがわかった。
「蓄音機で聴くのが好きっていうわけじゃなくて?」
「ううん、作るのが楽しい」
「へ、へぇ……」
『そのちっこい頭のどこにそんな知識入ってるんだよ』と雷輝は言いかけるが必死に飲み込んだ。
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