【19色目】2回目の授業と衝撃 〜9人の16.3日目〜

「じゃあ、今日の歴史はここまで! 課題は……そうだな……好きな偉人のびっくりエピソードを次の授業までに一個持ってきて! 号令お願いします!」


チョークを持ったままサンダリオが指示を出す。


「起立!」


そして、黎の号令に合わせて生徒たちは礼をする。

結局学級委員は誰も手を挙げなかった結果、投票で決めることになり、黎になったのだった。




移動教室をするときや昼食を食べたり、グループワークをするとき、このクラスのグループは綺麗に分かれる。


最初に移動を始めたのは、瑠真・梨良・紅葉の三人だった。


「あの先生おもしろそうだな! 冒頭トーク結構いい感じじゃなかったか?」

「梨良、あの先生好き!」

「いい先生みたいだったね。授業もわかりやすかったし」

「そうそう! テストの点数上がるかな?」

「それは梨良の頑張り次第じゃない?」


そして次に誇白と雷輝。


「昼飯食べにいくときも毎回思うけど音楽室、やっぱり遠いね」

「そ、そうだね。階段多くて疲れちゃうよ」

「ったく、なんで校内での授業外時間での魔法使用は原則禁止なんだろうね」

「うん。今は危ないことするような人そんなにいないのに、あんまりこの校則必要ないよね」

「わかんないよ。俺みたいなやつが、うじゃうじゃいるかも」

「雷輝くんはそんな危ないことしないでしょ?」

「どうだろうね?」

「やっちゃダメ、だよ!」


最後に、翠々夏と黎。


「草薙さん、音楽の授業が楽しみって言っていたわよね」

「うん! 先生が倒れちゃったって聞いたときは、授業なくなるんじゃないかなって焦っちゃった。えへへ」

「私も。実は私も小さい頃からピアノとかヴァイオリンとか、色々やらされていたんだけれど、音楽好きではあったから、かなり楽しみにしていたのよ。さっきはびっくりしたわね」

「うんうん。どんな人が教えてくれるのか楽しみだね」

「そうね。話が合う人だといいけれど」

「きっといい人だよ!」




虹ノ森の音楽室はホールのようになっている。

教室に入ってすぐ、一段高くなっているステージのような場所があり、その上にはティンパニやマリンバなどの大型打楽器が乗っている。

机や椅子はそちらの方向に向いているが、教室の後ろの方には音楽記号の意味や読み方の板書が敷き詰められた黒板がある。


全員が移動教室を終え、席に着くと、チャイムが鳴った。


「先生、来ないね」


翠々夏が誇白に話しかける。


「えっと、代理の人らしいし、遅れてるんじゃない、かな?」


誇白の言葉を聞いて『そうかもね』と相槌を打とうとしたとき、ちらっとドアの方を見た翠々夏は衝撃を受けた。


「燐華師匠⁉︎」

「翠々夏ちゃん⁉︎」


なんと、翠々夏の師匠である螢火燐華、その人が立っていたのである。

髪型こそいつも通りではあったが、服装はいつものアウターの下にワイシャツを身につけ、ネクタイを締めている。


翠々夏はその人の元へ駆け寄った。


「嬉しいです! 代理とはいえ、学校でも教えていただけるなんて……」

「いや、俺もびっくりだよ……そういや翠々夏ちゃん虹ノ森合格したって言ってたな!」

「そうなんです! 虹寮で!」

「スーパーエリートじゃないの! やっぱ君は大物歌手になるお方だね! 今のうちにサインを……」

「いえいえまだまだ遠く及ばないですよ!」


二人がマシンガントークを繰り広げていると、紅葉が『え、何者?』と呟く。

それを聞いた二人は少し顔を見合わせた後、一斉に赤くなった。


二人で少し慌てたあと、燐華がひとつ咳払いをする。


「草薙、席に戻れ」

「はい、すみません」


翠々夏が恥ずかしそうに席に着くと、


「え〜、大変お騒がせしました。これから虹寮の音楽担当教師にならせていただきます、螢火燐華っていいま〜す」


燐華も教室の前にあるステージの上で、少し恥ずかしそうに言う。


「えーと、俺は音楽だけ教員免許持ってる元教師で。今回倒れちゃった先生があまりにもあんまりで、もう何回もこういうことが起こってて、よく俺のところには要請が来てるんだ。それで、どうせならもう先生になっちゃえよっていうことで、今日から虹寮、赤寮、青寮、緑寮の音楽担当を正式にやるためにやってきました。あと、ここに来る以前、そこにいる草薙さんに色々と音楽のこと、教えててさ。それでさっきはああなっちゃいました。すいません」


燐華が軽く頭を下げる。


「いえいえ、お気になさらなくて大丈夫です」


黎がさりげなく気を使う。


「じゃあ、気を取り直して……授業の内容に入ろうと思う! 教科書と、あと持って来られる経験者の人は、楽器! 持ってきたか?」

「「「「「「はーい」」」」」」


雷輝以外は返事をする。

雷輝がなぜ返事をしないのか、知っているのは誇白だけだった。


「ら、雷輝くん、教科書、一緒に見よう?」

「ありがとう」



「じゃあまず、楽器持ってきた人は机の上に出してくれるか?」

「「「はーい」」」


返事をしたのは三人だった。


瑠真がクラリネットを取り出し、組み立て始める。


黎はケースからヴァイオリンを取り出して弓に松脂を塗り始める。


翠々夏は背負っていたギターのバッグを下ろし、持っていたピッコロとハーモニカを机の上に置き、ドラムのスティックをスティックバッグから取り出した。


「えーと……確か、音緒さんから聞いた話だと、クラリネットとピアノの奏者が浅川で、ヴァイオリンとピアノの奏者が黎の方の月影だったよな」


「「はい」」


瑠真は無感情に、黎は堂々と返事をした。


「草薙は……まぁ、もっと他の楽器もできるのを知ってるからこれ以上は聞かないでおこう」


「はい」


翠々夏は少し笑いそうになっていた。


「次に、できる楽器が大型楽器だから持ってくることができなかった人は?」


誇白と紅葉が手を挙げる。


「えっと……誇白の月影がピアノで、皇がチューバとファゴット、それにバリトンサックスだったか?」


「はい」


紅葉はなんの動揺もせず返事をするが、クラス全体が紅葉の方を見て以外そうな顔をする。


「なんだよ」

「やっぱりみんなこんな小さな少年がでっかい低音楽器やってるなんて考えもしないんだよ」

「うっせーな!」


少し笑いが起こったあと『内容を説明しまーす』と燐華が言った。


「そしたら、今日はペアワークで会話をしてほしいと思うんだ」

「と言いますと?」

「未経験者は好きな曲のジャンルについて言葉で、経験者には短い一曲分の楽譜を配るので、音で。音楽は万国共通の言語さ。まずは君たちに音楽を通して親睦を深める楽しさを知ってもらおうと思う」


そう言いながら燐華はステージの端に寄せてあるマリンバを前に出してきた。


「少しだけ聞いてもらえるか?」


それだけ言うと、燐華は両手に2本ずつ持ったマレットを駆使してすごい勢いでマリンバを奏で始めた。

目にも留まらぬ速度の連符だが、一音一音がしっかりと旋律になっており、洗練されている。

それは美しい音の束となって生徒たちの耳に収まっていった。


10秒ほどの短い曲だったが、それは生徒たちの心に深く刻まれることとなった。


「どう思った?」


燐華が顔をあげて問いかける。


「いや、単純にすげぇなって……」

「手がいっぱいあるみたいだった!」

「ここまでのマリンバ奏者の方、生で見るのは初めてだわ……」


それを聞いた燐華が一気に笑顔になる。


「だろ? 今さっき君たちが感じた、その感覚が大事なんだ。言葉がなくたって、今、一つの楽器の音を通じて君たちは感情を共有しあったんだよ!」


マリンバを片付けながら燐華は説明する。


「さて、じゃあ今からペアを決めてくぞ。そうだな……じゃあ浅川と黎、草薙と誇白、纛沱と黄之瀬で」


苗字を呼ばれた雷輝が少し不機嫌そうな表情になる。


「皇は俺とやってくれるか?」

「いーっす」


やる気のない声で紅葉が返事をする。


「じゃあペワーク開始!」

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