【18色目】最初の授業 〜9人の16日目〜

「寮への引っ越しが終わったところで、授業もこれから本格的なものにしていこうと思います。今まではオリエンテーション的なのが多かったけど、ここから先の内容はテストとかにも関わってくるから、しっかり授業を受けてね!」


「「「「「「「はーい」」」」」」」


引っ越し作業を終えた次の日からは、内容のある授業が始まるようだった。


「えーっと、1時間目は音楽の授業だね。それじゃあ、音楽室のある特別教室棟に……」

「失礼します。立花先生」


立花が移動の指示をしようとしたとき、一人の教師が教室に入ってきた。


黄色に近い色の髪の上に、白のバケットハットをかぶっている。

胸元には紫色のジャボのようなものを付けており、上半身には帽子と同じ白色のスーツを身につけている。

黒のズボンに包まれた足は長く、切長の黄色の目が印象的だ。


生徒たちは誰一人その教師の名前を覚えていないようで、しばしば『誰?』という声が上がる。


「え、えっと……どうされましたか?」


「音楽の音緒ねお先生がまた体調不良で倒れちゃって……このクラス、次の時間が音楽で、その次が歴史だろ? 歴史、僕が教科担任なんだよ。授業交換できるかな? 代わりの教師その間に探しておいてほしくて……」

「は、はい。え、音楽の先生の代わりでいいんですよね?」

「そうそう。頼んでいいか?」

「任せてください! 音楽の先生なら、いい当てがあるので!」

「りょーかい! 任せた!」


目の前で繰り広げられた教師同士の会話に、生徒たちの頭はクエスチョンマークで埋まる。

会話が終わった立花がこちらに向き直る。


「えーっと、説明するね。音楽の先生なんだけど、音緒先生っていってね。その人は、本当に体が弱いらしくて……それで、ときどき休んじゃうことがあるのね。でもこの周辺の地域の現役でやってる高校音楽の先生ってその先生しかいなくて……休むたびに代わりの先生を探さなきゃいけなくて……で、1時間目は歴史に変更されます。その間に音楽の先生を僕が呼んでおくから、2時間目が音楽の授業になるよ。わかったかな?」


「初授業こんなガバガバで大丈夫なのか?」

「紅葉、口に出さない」


紅葉と瑠真が短い会話を交わす。


「だから、移動教室はなしで、このまま休み時間にしちゃって大丈夫だよ! しっかり授業を受けてね!」

「「「「「「「はーい」」」」」」」


生徒たちは少し無気力そうな声で返事をした。





「はーい、歴史の時間でーす。先ほどはお騒がせしました〜。歴史教師のサンダリオ・ガルシア・フェルナンデスと申しまーす」


黒板の前で、サンダリオは挨拶をした。


サンダリオはこのクラスの名簿を見て、少し驚いたような顔をした。


「このクラスは珍しいね。名前が全部漢字の現代人はそこまで多くないんだよ。なぜかわかるかな? 中学二年生のときの応用だよ」


真っ先に黎が手を挙げる


「この国は……カーサデルズは、50年前まで植民地にされており、そのときに諸外国の文化がこの国の文化と混ざり合って、人々の名前のほとんどがカタカナの名前になってしまいましたが、抵抗し続けた一族の姓名は漢字のままで残ったから、だと思います」


例の答えを聞いたサンダリオは笑みを浮かべ『正解』と呟く。


「もう少し詳しく説明すると、文化が混ざり合うというより、無理矢理戸籍を変更されて、名前すらも変えられてしまったというのが正しいかもしれないね。君たちの一族は、それに最後まで抵抗し続けた気高い人たちなんだ」


梨良、紅葉、雷輝の三人が『へぇ〜』と声を漏らす。


「さて、ここで、みんなの名前の由来について聞こうかな? そうだなぁ……じゃあ、雷輝くん」


気だるげに授業を聞いていた雷輝が顔をあげる。


「俺の名前……雷ってビビられるでしょ? けど、うちの母さんは雨を照らすキラキラして綺麗な光だって思ってたらしいんだよ。それが由来で『雷みたいに自分だけじゃなくて周りの人にも光を与えられるような人になってほしい』っていう意味が込められてるんですよ」


「すごくいい名前だね。でも、雷輝くんみたいに自分の名前に込められている意味がしっかりしたものの人と、そこまで深い意味はない人がいるよね? そうでない人は手を挙げてもらえるかな?」


手を挙げたのは黎、梨良、瑠真、翠々夏の四人だった。


「じゃあ、手を上げた四人の名前に込められている意味は?」


サンダリオが問いかける。


「黒っていう意味です。ただそれだけ」

「梨良は、まみいが精霊の色って言ってた!」

「うちも代々ついた精霊の色を名前にする習わしがあって、それに沿って決めたらこうなったらしいですよ」

「わたしも黎ちゃんと同じで、緑色っていう意味だけです」


『なるほどね』とサンダリオは呟く。


「こんなふうに、今、名前は二極化してるんだ。一つが『こんなふうに生きていってほしい』っていう意味を込めた名前。もう一つが『生まれたときについた精霊と同じ系統の色の名前』の二つだよ」


サンダリオが黒板に白のチョークで内容を書きながら続ける。


「そして、僕の名前は後者だ。サンダリオ。この名前には、真実の狼という意味があってね」


サンダリオが黒板に真実の狼と書きつける。


「うちは歴史研究の家系でね。僕の名前がこうなったのには理由がある」


「どうしてですか?」


瑠真が質問すると、サンダリオは『そうだなぁ……』と考えるそぶりを見せたあと、誇白を指差した。

誇白がビクッと軽く驚く。


「誇白くん、君の好きなことは何かな?」

「僕……の好きなことは……あ、えっと、絵。絵を描くのが好きです」

「なるほど。すごくいい特技だね。じゃあ、誇白くんの描く絵が後世に伝わるほど有名になったとしよう」


サンダリオが先ほど書いたものの隣に『誇白の名画』と書いて四角で囲む。


「きっと、誇白くんは綺麗な絵を描いたんだろうね。けれど、その絵が人を傷つけた絵として有名になったと伝えられていたとしたら、誇白くんはどう思う?」


それを言われた瞬間、誇白の表情が一気に曇る。


「い、嫌です! そんな絵、僕は描きません!」

「そうだろう? だから、僕たち歴史研究科や歴史教師の仕事は重要なんだ」


そう言いながら、サンダリオは『真実の狼』の字を丸く囲む。


「僕らの責務は、真実を君たちに伝え、正しい歴史に過去の人物を生かすことだよ」


そう言いながら『誇白の名画』と書いてあるところを同じように丸く囲む。


「間違った歴史はたくさんの人を傷つけてしまう。当事者であった人々はもちろん、その人たちの子孫や友人だってその傷つけられる人たちの中に含まれる」


サンダリオは誇白の方に視線を向ける。


「そして、君たちがこの世界に残す歴史を悪歴でなく功績にできるよう導いていくのも、僕らの仕事さ」


そう言いながら黒板を消し、サンダリオは振り返る。


「改めて自己紹介させてもらうね。僕は『真実の狼』サンダリオ・ガルシア・フェルナンデス。過去の人物たちの真実を伝え、これからの未来を切り開いていく君たちが残す歴史を美しいものにするためにやってきました。これからよろしくね!」

「「「「「「「よろしくお願いしま〜す」」」」」」」


返事をもらったサンダリオは満面の笑みを浮かべた。

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