【17色目】寮生活のスタートは 〜緑・黒・紫の15日目〜
「梨良、ベッド真ん中がいい!」
「なら、そうしましょうか。草薙さんは?」
「わたしはどこでもいいよ。黎ちゃんどこがいい?」
「そうね、じゃあ左のベッドでいいかしら?」
「うん、そうしよう!」
「じゃあ、シーツ敷きましょうか」
「うん!」「そうだね!」
こちらの部屋ではほぼ全員初対面なのにも関わらずあまり問題なくことが進んでいた。
一緒にすべきことは部屋の準備であり、コミュニケーションではない認識しているのだろうか。
「あ……草薙さん、楽器を置くスペースが欲しいわよね。この辺りを開けておこうと思うのだけれど、それでいいかしら?」
「え、いいの? ありがとう! そこに置かせて欲しいな!」
黎の小さな気遣いに、翠々夏は嬉しくなる。
「そういえば、紫のあなた、私は月影黎というのだけれど、まだ名前を把握しきれていないの。なんというのか教えていただけるかしら?」
自分の黒のシーツを取り出しながら、黎が問う。
「アタシ? 纛沱梨良っていいます!」
お姉様感溢れる黎に、梨良は思わず敬語になる。
「纛沱さん……珍しい苗字ね」
「検索してみたらね、この苗字うちの家系しかなかった!」
「すごいわね……」
そんな会話をしながらベッドを整え終えると、翠々夏がいきなり『え、え⁉︎ どうしよう……』と言い出した。
「どうしたの?」
梨良が問うと、翠々夏が本当に困ったような顔を浮かべながら振り返る。
「ずっと使ってたCDプレイヤーが壊れちゃったみたいで……」
りんごを模した赤いCDプレイヤーは、いくら翠々夏がスイッチを押しても動かない。
「どうしよう……これがないと歌の練習できないかも……」
翠々夏が不安げな表情を浮かべると、紫色の工具箱を手にした梨良が、ニヤァっとした表情で真横から顔を出した。
「みせて」
そう言った梨良はスカートの中から
「えーと……ここがこうなって壊れてるから……ねぇ、これって発電所式? 魔力式?」
「うーっんと……難しい言葉はわからないんだけど、多分発電所式なのかな? わたしが直接魔力を入れてるんじゃなくて、発電所から送られてきた魔力をコードで繋いで動かしてるから」
「おっけー! それなら……あぁなんだコンバーターか……」
ブツブツと呟きながら梨良が手を動かす。
そして10秒後には……
「直ったよ!」
「「えぇっ⁉︎」」
CDプレイヤーは正常に動くようになっていた。
「あとね、機能追加しといた! これでラジオも聴ける!」
「本当に直ってる……え、しかもちょっとだけ音質も良くなってるような……」
「経年劣化でとんでもないことになってたから、それも変えておいた!」
「もはやこれ新品じゃなくて?」
翠々夏と黎は衝撃を受けた。
色々あったが無事に部屋の準備が終わり、休憩タイムに入ろうといていた。
「わたし、紅茶淹れてこようと思うんだけど、二人とも何がいい?」
翠々夏が問う。
「私は、そうね。草薙さんのおすすめで」
「梨良も何でもいいよ〜!」
「わかった! ちょっと待ってて!」
虹寮の共有スペースにはポッドがあり、その横には紅茶やコーヒーが置いてある。
「あ、誇白くん!」
「ぅえ! あ、す、翠々夏さん⁉︎」
翠々夏が共有スペースに行くと、そこには誇白がいた。
まだ少し怖がられているなぁ、と翠々夏は思う。
「コーヒー淹れにきたんだね!」
コーヒーカップを手にしている誇白を見て、翠々夏は問う。
「そ、そう。家で、毎日飲んでたから、欲しくなっちゃって……」
コーヒーの飲めない翠々夏は大人だなぁと思う。
「き、君は?」
「わたしはみんなに紅茶を淹れに来たんだ。ちょっと休憩」
「そうなんだ……」
「そっちの部屋、は、どう?」
自分が聞こうと思っていたことを相手から聞かれて、翠々夏は少し嬉しくなった。
「楽しいよ! 梨良ちゃんがとっても可愛いの! なんだか新しい妹ができたみたい!」
技術的なことを言えば彼女は自分よりも年上のようだが、容姿や声がとても可愛らしいなと翠々夏は思っていたのだ。
「あ、それにね! 誇白くんって、黎ちゃんと双子なんだよね?」
翠々夏は、置いてある紅茶のパックを3つ、手に取りながら、誇白に問う。
「そうだよ。あ、あんまり、似てないよね……」
誇白の表情が少しだけ曇ったのを翠々夏は見逃さなかった。
けれど、もう一つ見逃さなかったことがある。
コーヒーを淹れ終わした誇白が、翠々夏たちの分の水をポッドに汲み、コンロのスイッチを入れてくれたのだ。
その小さな気遣いに、翠々夏は嬉しくなる。
「そんなことないよ!」
翠々夏は明るく誇白の言葉を否定した。
「二人ともそっくりだよ。さりげなく気配りができるところとか、ね」
翠々夏は、先ほど黎が楽器を置くスペースに対しての気遣いをしてくれたことを忘れていない。
翠々夏は誇白のコーヒーの隣にコーヒーフレッシュとスティックシュガーを置いた。
「お湯、入れてくれてありがとね! 嬉しかったよ!」
気遣いには気遣いで。
翠々夏は満面の笑みでポッドを手に取った。
慣れた手つきでお湯を注いでいき、使い終わったティーバッグを捨てる。
すると、誇白がいきなりコーヒーフレッシュとスティックシュガーを淹れて、一気にコーヒーを飲み干した。
そして、翠々夏が淹れ終えた紅茶を指差して、
「そしたら、これも気配りのうちに入るのかはわからない、けど、それ、一人じゃ持てないよね? 僕、持っていこうか?」
と言った。
「あ……」
翠々夏は一人で三つのカップを持つことはできないことに気づいていなかった。
「そうだね! 三つあったら持っていけないよね! ありがとう!」
誇白がコーヒーカップを流しに置いて、カップを二つ手に取る。
二人は廊下を歩き、三号室に向かった。
「カップ持ってくれてありがとね、すごく助かったよ!」
翠々夏はドアを開け、自分の持っているカップを玄関のようなスペースに置き、誇白の持っているカップを受け取った。
「それじゃあ、また明日、教室で!」
「そ、そう、だね! また!」
誇白に手を振り、翠々夏はドアを閉める。
「誇白と仲良くしていただいてるみたいね。嬉しいわ」
「黎ちゃん!」
振り返るとそこには黎がいた。
「ううん、逆だよ! ほら、カップは三つあるけど、わたしの手は二つだから全部は持てないでしょ? 誇白くんが運ぶのを手伝ってくれたんだ!」
翠々夏が説明すると、黎が少し驚いたような顔をしてから、安心したような表情を浮かべた。
「そうなのね……誇白、いっつもこういうとき、周りに馴染めなくて私のところに来るのよ。でも、今年は大丈夫そうで安心したわ」
「そうなんだね! いい友達になれてると嬉しいなぁ!」
この笑顔ではいつ悪い虫がついてもおかしくないなと、黎は不安になる。
そのぐらい翠々夏の笑顔はキラキラしていた。
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