【10色目】最初の放課後 〜青の1.5日目〜
なぜさっき、自分は紅葉の『一緒に帰ろう』という誘いを断ったのだろうか。
気分じゃないからか?
予定があったからか?
なんだか、どちらも違う気がする。
小さい頃から仲の良い幼馴染みと帰るのに、気分も何もない気がする。
というか、そもそも予定なんてないのであった。
いつからだろうか。
自分の感情も、相手の感情も、全くわからなくなってしまった。
何故か親に連れて行かれた精神科では、『あなたはうつ病です』と言われたが、教えられた症状と自分は、なんとなく違う気がした。
多分、自分はこういう人間なんだろうな。
病気という感じではない気がする。
そんなことを考えながら、瑠真は近くの商店街を歩いていた。
いつもとあまり変わらない風景。
あ、でも、あのメンチカツの店、ちょっと前まではコロッケの店だったな。
そういえば、中学生時代、よく紅葉と一緒に寄り道して怒られたっけ。
美味しかった気がする。
あれ、あのコロッケどんな味だったっけ?
まぁでも、なくなっちゃったから、もう確かめられないんだね。
じゃあ、どうでもいいや。
瑠真は、とても感情の起伏が少ない……というより、ほぼ無感情な人間だった。
映画を見て感動の涙を流すこともなければ、お笑い番組を見て大笑いすることもなかった。
人生で初めて告白をされたあの日、何も感じなかったし、卒業式の日、何故周りのみんなが泣いているのかもわからなかった。
人と居れば常に微笑、1人で居れば無表情。
他の誰かといるとき常に見せている、貼り付けたようなその笑顔を崩すことは、本当に少ない。
梨良と出会ったあの日、当然のように驚いていた彼であったが、逆に言えば、全世界の常識をひっくり返すようなとんでもないことでもなければ、彼の心を動かすことはできない。
それも、動かせたとしても、それはミリ単位。
そんな彼であったが、今、ふと足を止めた。
(綺麗だな)
近くにある楽器店から、美しい歌声と、アコースティックギターの音色が聞こえる。
歌声は女性のものだった。
綺麗に透き通った美しい歌声だ。
ギターは決してうまいというわけではないが、とても心のこもった良い音色だ。
(久しぶりに、僕もやろうかな)
瑠真はその場を後にし、少しだけ歩いて、近くのシャッターが降りている店の前に立った。
そして、カバンの中から楽器ケースを取り出した。
実は瑠真は音楽経験者であり、10年近くクラリネットとピアノを続けている。
ピアノは気分になったときに少しやるぐらいだが、クラリネットはいつも持ち歩くほどの人生の相棒といっても過言ではない楽器だ。
そして瑠真は、校内の合唱コンクールでは『あいつのいないクラスは負けが確定する』と言われるほどの指揮者としての才能も持ち合わせていた。
こうした多彩な音楽への才能を持つ瑠真は、時々路上ライブをするのが趣味なのであった。
瑠真はケースの中からクラリネットを取り出し、素早く組み立て、少しだけ音出しをしてから、曲名のない、今自分の頭に浮かんだ旋律を奏で始めた。
長い間吹き続けてきた相棒は、とても綺麗な音色で瑠真に答えてくれる。
気づけば、周りには30人近くの観客がいた。
曲が終わると、その全員が盛大な拍手を送ってくれた。
そして、そのうちの数人が、何も頼んでいないのに投げ銭をくれたのであった。
瑠真はペコっとお辞儀をして、シャッターの前を後にした。
後から数えてみると、投げ銭の合計は150円であった。
(そういえば……あの店のメンチカツ、一つ150円だったな……)
瑠真は、最初に通ったメンチカツの店に戻り、ひとつだけメンチカツを買って、それを食べながら家に帰った。
(……美味しい、のかな?)
夕食を食べ、風呂に入って、寝巻きに身を包んだ瑠真は、いつも通りクラリネットの手入れをしていた。
(今日のリードは……取っておこうかな……)
あれ……
「これって……今日が楽しかったって思ってるからっていうことなのか……?」
よくわからなかったが、瑠真にとって、その日食べたメンチカツは美味しいものだった気がするのであった。
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