【9色目】最初の放課後 〜白と黄の1.5日目〜

「ごめんね、月影くん! ちょっといいかな?」


家に帰ろうとしたとき、誇白はいきなり立花にいきなり話しかけられた。


「な、なんでしょうか……?」


初日に先生に話しかけられるとは……

した覚えはないが、何か怒らせてしまうような行動でもしたのだろうか。


「一つ頼みたいことがあってね。隣の席の黄之瀬くんの顔、覚えてる?」

「え……っと……」


なるほど、無意識のうちに彼にひどいことをしてしまったのかもしれない。


「あの子、途中で帰っちゃったでしょ?」

「そう……ですね……」


間違いない。

僕の心無い行動で、彼は傷ついて家に帰ってしまったんだ。


誇白の頭にはマイナスな感情ばかり浮かぶ。


「その子に……」

「ごめんなさい!」

「このプリント類届けて欲しいんだ」


「え……プリント……?」

「そう。プリント」


よかった。

ただの頼まれごとだったようだ。




誇白は、行き先の住所と雷輝の写真が印刷してある紙を持って、小走りでその場所へ向かった。


(帰りが遅くなったら、きっと父上から叱られちゃう……急がなきゃ……)


そして、あと数メートルでその場所へ辿り着こうとしたときだった。


いきなり空に暗雲が立ち籠め始めたのは。


「あのさ〜、先生も、他のクラスメイトも、まぁ、君もだけど、ホントに上流魔法使い?

気づいてなかったわけ? 授業に出てなかっただけで、俺、一応入学式にも学校にもいたんだけど」


どこから流れているのかはわからないが、たしかに聞こえる声と、あまりにもいきなり変わった周囲の状況に、誇白は恐怖を覚えた。


手が小刻みに震えている。


「そもそも、なんでうちがこの辺りだってわかったわけ?」


まだ続くその声と同時に、暗雲の中で、雷のゴロゴロという音が聞こえる。


「あ……あの……黄ノ瀬さん……ですか……?」


誇白は、震える声で、恐る恐る尋ねた。

すると、その瞬間だった。


「俺をその名で呼ぶな!!」


いきなり声の主が怒鳴り声をあげ、直後に誇白の身体に一筋の電流が走った。


誇白は、薄れゆく意識の最中、声の主が自分が探していたその人であることと、彼が黄の魔法使いであることを認識した。


どこからともなく現れた彼は、持っている写真と同じ髪の色をしており、黄色のマフラーを器としているようだったからだ。


そして、誇白の視界が弾けて何も感じなくなるまで、長い時間はかからなかった。





誇白が目を覚ますと、そこは先程までいた道路ではなく、畳の上だった。


起き上がって周りを見渡すと、そこは、森の中にある隠れ家のようなものだった。


「黄ノ……」


(どうしよう……話したことないし、下の名前覚えてない……)


名字で呼ぶと、また怒らせてしまうかもしれない。


誇白がどう呼んだらよいかわからずにうろたえていると、


「雷輝」


めんどくさそうな顔をした雷輝が、コーヒーの入ったマグカップを持って立っていた。


「あ……えっと……雷輝……くん」


「そんなにオドオドしなくていいよ。さっきはあんな扱いしちゃって悪かったね」


本当にそう思っているとは思えないような口ぶりで、雷輝は言いながら二杯目のコーヒーを入れ始めた。


「その……ここって……どこですか……?」


「ここは俺たちが家に帰らなくて済むように、昔、お母さんが作った隠れ家」


「え……家に……?」


「そう。あんな家、誰も帰りたがらないからね」


雷輝は、そう言いながら誇白の前に先ほど入れたばかりのコーヒーを置いた。


「理由は……?」


「え……聞いちゃう? そうだな……まぁ、知りたければ毎日ここまでプリント届けに来てよ。それで、俺がその気になったら話してあげるよ。今日はもうそれ飲んだら帰って。プリントはもらったから」


「えッ……」


「勝手に漁って持ってっといた」


誇白が持ってきた自分のリュックの中を覗くと、その中からは、雷輝のために持ってきたプリント類がなくなっていた。


「かっ、勝手に漁らないで……くださ……い……」


最初は強く言ってやるつもりだったが、だんだんとその気が弱くなり、最終的には敬語になってしまった。


その様子を見て、


「ふはははははははッ! なにそれ! 面白っ! 君、案外悪いやつじゃないのかもね! いままでここにそういうの届けてくるやつってだいたいみんな学級委員キャラっていうか、お固くて、気が強くってさぁ! ほんとめんどくさい奴らばっかりだったんだよね! さっきみたいにやったときも、俺がどこにいるのかも気付かなかったのは、今までで君だけなんだよ?」


いきなり笑い始めた雷輝に、誇白はまた若干の恐怖を覚えたが、『案外悪いやつじゃないのかもね』という言葉には、思わず嬉しくなってしまった。


そして、雷輝は笑いを収めて、再び言葉を発した


「そうだな……今までのやつには毎回そうやって嘘ついてたけど……」


「えっ……」


「10日。10日間、毎日ここに来てくれたら少しずつ話してあげる」


雷輝は、両手をパーにして誇白に見せた。


「そ、そんなに早退する気なの? 学校、ちゃんと行かないと……怒られちゃうよ?」


誇白が言うと、今まで明るかった雷輝の表情が、一瞬で暗くなった。


そして、誰にも聞き取れないような、地を這うような低音の、とても小さな声で呟いた。


「俺には……叱ってくれる人なんていないよ」

「え、今なんて……」


誇白は聞こうとしたが……


「さぁ、今日はもう帰って。この場所の地図はカバンの中に入れておいた。また来てよ。話は、そのときに」


流されてしまった。


誇白は、雷輝に押されて、隠れ家から出されてしまった。


「じゃ」


それだけ言うと、雷輝は誇白に背を向け、歩き始めた。


いつも通り、誇白は弱気である。

けれど、自分の発言に問題があったのかもしれないと考え


「あ、あの……」


少し勇気を出した。



誇白の声に、雷輝は足を止める。


「よければ、明日、学校きてね! もし雷輝くんがプリントを持ち帰ってても、僕はまたここまで来るから!」

「…………ん」

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