第4話
「おはよう彩夏、ちょっと考えてみたんだけどさ。なんかおかしいと思わない?」
「圭一がここにいるのが最大の違和感だよ」
朝起きると、圭一は眠っている私のベッドの上に腰掛けていた。
というか私の身体の上に腰掛けていた。幽霊だから重さはないとはいえ、光景が許しがたい。私は彼を追い払うように勢いよく掛け布団を蹴り飛ばした。
「彩夏、暴力で解決しようってのはよくない。非常識だぞ」
「だから幽霊に言われたくないのよ」
私の蹴りはもちろん圭一には何のダメージも与えなかったが、意志だけは伝えることができたようだ。圭一は床に正座して「失礼しました」と謝る。
「で、何がおかしいって?」
「ああ、そうそう。それだよ」
正座をしたままの姿勢で彼は人差し指をぴんと立てた。
「どうして僕はシャインマスカットを食べてないんだろう」
「知らないよ」
「そうじゃない。待ってくれ彩夏」
部屋を出ていこうとすると縋るような声の幽霊に引き留められたので足を止める。早く朝ごはんを食べたいんだけど。
「じゃあどういうこと?」
「僕が言ってるのは、どうして家にシャインマスカットがあることを知ってるのにまだ食べてなかったんだろう、ってことだよ」
彼の言葉の意味を考える。
その違和感に気付いて、私は彼に相対するように正座した。
「……給料日に親が突然買ってきたんだとしたら事前に知ってるわけないよね」
「そうなんだよ。でも買ってきた時点で知ってるならすぐ食べたと思うんだ。親が『今日はシャインマスカット買ってくるから早く帰っておいで』とか言わないだろうし。うちに計画的シャインマスカットはあり得ない」
「じゃあ、なんで」
なんで圭一はシャインマスカットの存在を知ってたの?
そう訊こうとして、私はその言葉を失った。
代わりに口から出たのは、悲鳴に似た声。
「け、圭一、脚が……っ!」
正座をしている彼の膝から下が切り取られたように無くなっていた。まるで床から少し浮いているかのようだ。
やれやれと首を振りながら彼はため息をつく。
「……はあ、見つかったか」
目の前の状況に釣り合わない彼の呑気な反応が、私の心を少し落ち着かせた。
「見つかった、って?」
「……ああ。実は僕、化けて出るときの手続き全部踏んでないんだ」
圭一は観念して悪戯を白状する子供のように肩をすくめる。
「前にさ、現世に戻るのは手順が多いって言ったよね? あれ正規の手順だと六十年くらいかかるんだよ。でもそれじゃ彩夏に忘れられちゃうと思って、色々すっ飛ばして出てきたんだ」
六十年。
確かにその頃には私は六十六歳になっていて、同じ歳の圭一に出会っても素直に受け入れられないかもしれない。
「僕が今ここにいるのは本来おかしいんだよ。だから世界が元に戻そうとしてる」
「ルールを破るのは、良くない」
「そういうこと。この世界はルール違反を許さない」
圭一は立ち上がった。
しかし私の目にはもうそれが立ち上がっているようには見えない。
彼は自分の足元を見て、「これじゃほんとに幽霊みたいだ」と苦笑した。
「いやなんで膝下消えてそんな飄々としてんのよ。こわくないの」
「うん、まあ慣れてるっていうか」
圭一はまた苦笑いを浮かべる。むしろ自虐的ですらあった。
まるでこんな当たり前のことをわざわざ口にするなんて、とでも言わんばかりに。
「どうせ僕一回死んでるし」
けれど彼のその何気ない一言は、私の中に重く響いた。
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