第3話

「圭一が幽霊になったのって本当にシャインマスカットが原因なんだよね?」

「そうだよ。それだけははっきりとわかる。僕はあの日食べようと思ってたシャインマスカットを食べられずに死んだことがどうしても許せなくて蘇ったんだ」

「食い意地の極みね」

 未練が食べ物の幽霊はこの世にどのくらいいるんだろう。てかシャインマスカットってそこまで美味しかったっけ。

 取り留めのない話をしながら私たちは隣町のスーパーに向かっていた。市内のシャインマスカットがありそうな場所は大方回りきってしまったからだ。

「そもそもなんであの日圭一の家にシャインマスカットがあったのよ。そんなに裕福な家庭だったっけ」

「いやうちにはシャインマスカットなんて高級品は普通ないよ。誕生日だったのかな。それとも給料日とか?」

「誕生日……ではないと思う」

 私たちは昔から仲が良くてよく一緒に遊んでいた。

 お互いの誕生日にはどちらかの家に集まって、家族ぐるみでお祝いしたものだ。そんな印象的なイベントを忘れるだろうか。

「でも給料日にシャインマスカット買う?」

「うーん、普通はしないけど。でもお金は人を狂わせるというし」

「狂った結果がシャインマスカットなら平和だね」

 圭一は腕を組んで考え込みながら歩いていく。前を見なくても人にも電柱にもぶつからないって便利だな。

「ねえ、彩夏は何か憶えてない? 僕が死んだ日のこと」

 組んだ腕を解きながら圭一がこちらを振り返る。今度は私が腕を組んだ。

「……あー、よく思い出せない」

「そっか」

 再び前を向いた彼を見て、私は腕を解く。

 私は彼に嘘をついた。「思い出せない」ではなく「思い出したくない」だ。私は意識的にあの日の記憶の蓋を開けないようにしていた。

 怖いのだ。すごく。

 これまでにも何度か開けようとしたことはあった。

 けれど蓋をほんの少しズラしただけで、空いた隙間から大量の黒い悲しみが溢れてくるのだ。それに溺れてしまう前に、私は蓋を押さえつけるようにぴったりと閉じる。いつもその繰り返し。

『圭一が死んだ日、彩夏はひどく悲しんだ』

 その一文以上の物語に、私は耐えられそうになかった。

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