第2話

「幽霊ってお腹すくの?」

「いや、お腹もすかないし眠くもならないな」

「それいいなあ。夜って色々したいのにすぐ寝ちゃうんだよね。ダイエットもうまくいかないし」

「うん、見たらわかるよ」

 圭一は私の手にあるアイスバーをじっと見ている。その視線がなんだか不快だったので私は残りのアイスを口の中に隠すことにした。おいしい。

「でもさ、化けて出るにしてもなんで今さらなの」

 圭一が事故で無くなったのは六年前。しかし彼が突如私の部屋に現れたのは、五日前のことだった。

 はじめは彼の成長した姿に戸惑ったが、事情を訊くと「天使が未来の容姿予想アプリを使って導き出した姿」なのだという。天使もっと超常的なの使ってよ。

「手続きが大変だったんだよ。天国にはスッと行けるのに、現世に戻るのは手順が多くて」

「サブスクの会員登録は簡単でも解約は大変、って感じね」

 圭一はよくわからないといった風に首を傾げる。

 六年前にいなくなった彼にサブスクと言ってもわかるわけないか。私も自分が十歳の頃にサブスクなんて理解してなかったし。

 そんなことを考えながら歩いていると、今日の目的地が見えてきた。

「あ、イエローマートだ」

「今はゴールデンスーパーって名前に変わったよ」

「なんで輝いたの」

「さあ。シャインマスカットがなんでシャインなのかと同じくらいわかんない」

 とりあえず入ろ、と私たちは自動ドアをくぐる。

 ひんやりとした空気が私たちを迎え入れてくれた。入ってすぐの場所に、色とりどりのフルーツが積み上げられている。青果コーナーだ。

 その中でも一際、高級感という名の輝きを放つスペースに足を向ける。

「どう? ここのシャインマスカットは」

「うーん、やっぱり違うみたい。光ってないし」

 ずらりと並べられたシャインマスカットを前にして、圭一は唸った。五日前とまったく同じ反応だ。

「なんでよ。心残りはシャインマスカットなんじゃないの」

「そうだよ。僕はシャインマスカットの輝きに導かれてこの世に戻ってきたんだから」

 そう言いながら彼はシャインマスカットに手を伸ばす。

 しかしその手はするりとシャインマスカットをすり抜けた。どころか棚すらも触れられず、どこまでもずぶずぶと沈み込んでいく。

「ほら、やっぱり触れない」

 シャインマスカットコーナーに肘の辺りまで突っ込んだところで彼は呟いた。

 はじめはいくらかの悲哀を含んでいたそのセリフも、今は確認事項にチェックを入れるように事務的だ。

「最初のときと同じだね」

 五日前、圭一は部屋でくつろいでいた私の前に突然現れた。

 そして開口一番に言ったのだ。「シャインマスカットが食べたい」と。

 シャインマスカットは高価だ。ただ、高校生に手が届かないほどじゃない。

化けて出るほどの未練がシャインマスカットなら、こんなにイージーなことはないだろう。私はそう思っていた。

 しかしいざシャインマスカットを買って彼の目の前に差し出しても、彼はそれを食べることができなかった。今のように手がすり抜けてしまうのだ。

「やっぱり六年前のシャインマスカットじゃないとダメなのかも」

 圭一はシャインマスカットから腕を引き抜きながら五日前と同じ結論を繰り返した。

「もう土に還ってるよ」

「わかってるって。だからできるだけ昔のに似たシャインマスカットを探し回ってるんだし」

 彼はそのままスーパーの自動ドアを出ていく。外の光が彼を照らすが、影は落ちない。

「行こう。六年前のシャインマスカットを見つけに」

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