シャイン・マスカット・シャイン

池田春哉

第1話

「シャインマスカットは食べるためにあるんだよ」

「ルールは破るためにある、みたいに言われても」

 幼馴染の圭一けいいちは私の机の前で腕を組みながら言った。いや、幼馴染だったと言うべきかもしれない。

彩夏あやか、ルールを破るのは良くない。僕だってこんなにシャインマスカットを食べたいと思ってるけど、お店から盗んでまでシャインマスカットを食べたいとは思ってるわけじゃない」

「シャインマスカットで説明されると途端に緊張感が無くなるのよね」

「なんだって。もしかして彩夏、シャインマスカットを食べたことあるのか」

「あるよ。うちの家族フルーツ好きだもん」

「やっぱり。シャインマスカットと聞いて心穏やかでいられるなんて絶対シャイマス経験者だと思ったんだ」

「シャインマスカットのことシャイマスって呼んでんの?」

 圭一は敵視するような目で私を見てくる。そんな風に見られても、もう経験してしまったものはどうしようもない。

 ただ最近気になっている二の腕を見られるのは嫌だったのでブラウスの半袖を引っ張って少し隠す。

 名前を呼ばれて、隣の席の女子生徒が立ち上がった。先生の問いに適切な答えを返して褒められる。

「僕の問いにもそろそろ正しいシャインマスカットが欲しいな」

「正しいシャインマスカットっていうのがそもそも意味不明なんだけど。で、あれから何か思い出さないの」

「うん、まだなにも思い出せない」

 圭一は私に向けていた視線を窓のほうへと移した。雲がまばらに浮かぶ真っ青な夏空が彼を照らしている。

 思い出さないほうがいいのかもしれない、とも思った。

 何が正解なのかはわからないけれど、六年前の事故が良い記憶であるはずがない。


「僕の心残りがシャインマスカットだってこと以外、なにも」


 圭一は閉じられた窓の桟に腰掛けた。彼の後ろでは蝉の声とともにゆっくりと雲が流れていく。

 今日も私以外の誰一人として、彼に目を向ける者はいない。

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