第18話

 息せき切って入って来たリカンの言葉で、シオンは弾かれたように船室に備え付けのシャワールームを見に行く。しかしサラたちの姿どころか、エンジュの姿さえ無かったのだった。


「この部屋にはいない。エンジュもだ」

「おれたちが話している間に、三人で散歩にでも行ったのだろうか……」

「それなら戻る途中で会っていなければおかしい。この船に階段は一つしか存在しないんだ」


 シオンたちが乗船している船は、ダイビング船を小型客船に改造した三階建ての船である。三階は展望デッキとなっており、二階にはシオンたち乗客の船室と操舵室があった。一階にはレストランと船員の部屋、今は使われていないダイビングデッキがあるだけだった。

 船員の安全上、一階に繋がる階段は船の消灯時間後に立ち入り禁止になるので、散歩に行くにしても二階か三階のどちらかになる。

 船内に階段は一つしかないので、もしサラやエンジュたちが三階の展望デッキに向かったのなら、通路の途中で立ち話をしていたシオンたちと会わなければおかしい。


「ということは、サラたちは二階のどこかに居るのか?」

「そうなるが……。二階は船室と操舵室しか無いぞ。別の船室に居るのか? それもこんな時間に……」

「……っ! シオン、頭を下げろ!」

 

 考え込んでいると、急にリカンが叫んだので反射的に身を屈める。次いでシオンの頭上を、黒を帯びた茶色の弾丸が二発通過する。

 振り返ると茶色の炎に包まれて、蝙蝠が灰に変わっていくところだった。


「間一髪だったな」


 自身の得物である銃を腰に戻しながら、リカンが手を貸してくれる。


「助かった……が、なんで愛銃を持ち歩いているんだ?」

「サラとレイラが居ないと分かった時に持って来た。お前も持った方がいい。どうやら三人は散歩に行った訳では無さそうだ」

「そうだな……」


 床の上で未だに燻っている茶色の炎を見ながらシオンは眉を顰める。さっきシオンを襲おうとした蝙蝠は、貴族のヴァンパイアたちが使役している蝙蝠の一匹だろう。

 純粋なヴァンパイアである貴族たちは、自分たちと近い存在である蝙蝠を使役出来ると聞いたことがある。

 実際に使役しているところを見たことはないが、野生の蝙蝠が海上を彷徨っていると考えられないので、貴族が使役する蝙蝠で間違いないだろう。


 シオンも自分の荷物の中から自身の得物である日本刀を取り出すと、船室の入り口で警戒していたリカンの元に近づいて行く。


「船室に貴族は居なさそうだ。となると、残りは……」

「操舵室だな。行くぞ」


 狭い船内で動きに制限が出てしまうシオンを先頭に、身長が高く、小回りが利くリカンを殿にして、二人は操舵室に向かう。

 先程からエンジン音が聞こえないと思っていたが、どうやら船は海上で停泊しているらしい。チケットを買った時に見た工程表では、昼夜関係なく船は走行ことになっていたので、船内の異常を察して船長が船を停めたのか、蝙蝠を放った貴族に動力部を制圧されてしまったのだろう。

 国を出奔したといっても、しばらくは貴族たちの力が及ぶ支配圏内にいる。本当は混血たちが国外に脱出しているのを貴族たちに気付かれる前にここを離れたかったが、こうなった以上、船が揺れがない今の方が身動きが取りやすいので丁度良かった。波も穏やかなのは好都合である。

 足場が安定していなければ、刀を振るうシオンだけではなく、リカンまで銃の狙いが定まらなかった。船内を傷だらけ、または穴だらけにしてしまう。そうなれば、貴族を追い払う前に海の藻屑と消えてしまうだろう。

 警戒したまま二人が歩を進めると、誰も襲ってこないまま操舵室の前まで辿り着く。

 耳聡いシオンが扉に耳をつけるが、すぐに離して首を振る。


「何か聞こえるか?」

「いや。無音だ。物音どころか息遣いさえ聞こえない」

「出入り口はここだけ、周りは海だ……。突入するならこの扉しかない」

「やってみるか。……俺が先陣を切る。お前は援護を頼む」

「ああ。いつも通り、おれたちでやってやろう!」


 シオンは持っていた愛刀を抜くと、反対の手に鞘を握る。リカンも腰から愛銃を抜いて弾を確認すると構える。

 ドアノブを回して鍵が掛かっていないことを確認すると、二人は頷き合う。

 リカンが扉を蹴破ると同時にシオンは操舵室に飛び込んだのだった。

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