第17話
「日本によく似たかくりよに行ったら、人間だった頃のおれを取り戻せるかもしれない。でもさ、それって良いことなのか。今からでも目的地をかくりよ以外に変えた方がいいんじゃないかって。次の経由地で船を乗り換えてさ」
「リカン。すぐに弱気になるのがお前の悪い癖だな。決めたことなら最後まで貫き通せ。妻子はお前を信じてついて来ているんだ。……俺だってそうだ」
普段のリカンは思慮深く冷静沈着だが、考え過ぎて後ろ向きになる時がある。自分のことになればなる程、その傾向が大きい。
そんなリカンの思考を前に向かせるのは、シオンの役割だった。
「人間だった自分に不安を抱いているのは俺も同じだ。全てを思い出した時、
思い出は過去の積み重ねから出来ている。良い過去も悪い過去も。
その思い出から成り立っているのが今の自分だ。そして未来の自分を形作るのは、他ならぬ今の自分だ。
「人間だった頃の自分を取り戻しても、ヴァンパイアとしての今の自分は残り続ける。人間だった頃の自分がヴァンパイアの自分に蓄積されるだけだ。失うものは無いだろう。それなら不安に思わなくていい。取り越し苦労になったら悩んだ時間が勿体ないだろう」
「そうだな……」
「もし人間の頃の記憶が悪いように左右するなら俺が受け止める。殴るなり蹴るなり泣きつくなり、気持ちが落ち着くまで俺に当たればいいさ」
「つい最近も上官に殴られて不機嫌だったお前が?」
いつもの調子に戻ったのか、意地悪い笑みを浮かべたリカンにシオンも鼻で笑う。
「あれは相手が相手だったからな。相棒が相手なら話しは別だ」
リカンは目を見開いて瞬きを繰り返すと、「相棒か……」と小さく笑みを浮かべる。
「良い響きだな。かくりよでも頼むぜ。相棒」
「勿論だ。相棒」
互いの拳を突き合わせたところで、何かに気づいたようにリカンは見渡す。
「それにしたって随分と静かじゃないか。海上なら波音や海風の音がしたって良さそうだ」
「言われてみれば……」
話していて気づかなかったが、先程まで聞こえていた近くの船室の寝息がいつの間にか途絶えていた。波音や海風の音どころか、船のエンジン音まで聞こえてこないのはおかしい。
「一度、部屋に戻らないか?」
「そうだな。サラとレイラも心配だ」
二人が早足で船室に戻ると各々に入っていく。シオンも自分の船室に入るが、隣のベッドを使っていたはずのエンジュの姿がどこにも無いことに気づく。
「エンジュ?」
「シオン、サラとレイラの姿が見当たらない! そっちにいないか!?」
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