第15話

「……っ!」


 袈裟懸けの勢いのまま、シオンは振り返ると再びヴァンパイアに刃先を向ける。そのまま土を蹴って突っ込んで行くが、ヴァンパイアは身体を捻ると難なく逃れたのだった。


「ほう、家畜の分際で我の顔に傷を付けるか。今の内に逃げれば良かったものを……。そこまで仲間が大切なのか、人間?」

「当たり前だ。失せろ、化け物が!」


 今の自分より幾分か高い声で叫ぶと、ヴァンパイアは興味深いというように眉を上げたのだった。


「その潔い返事は気に入った。このまま死なせるのは勿体ないな……」


 さっき斬ったのが嘘のように、ヴァンパイアは傷一つ無い美麗な顔を歪めると、嫌な笑みを浮かべる。そしてヴァンパイアは跳躍したかと思うと、瞬く間にシオンの背後に回ったのだった。


「この姿になっても、家畜を仲間と言えるか試してみようか」


 囁くようなその言葉を皮切りに、ヴァンパイアはシオンの首筋に牙を立てる。


「ぐうっ……!」


 首元に深く刺さった牙の痛みに呻いていると、やがて音を立てながら自分の血を呑む音が聞こえてくる。

 耳元から聞こえてくる嫌な音に、シオンの背中が総毛立つ。


「は、離せ! 離せ、この……!」

「その高い声は耳障りだな」


 ヴァンパイアの長い指先がシオンの喉仏を軽く叩く。その瞬間、シオンの喉は詰まったように声が出なくなった。

 それなら最後の手段として刀を持った手を自分に向けて自分ごとヴァンパイアを貫こうとする。けれどもヴァンパイアは片手で刀を掴むと、放り投げてしまったのだった。


(なにっ……!?)


 弧を描きながら飛んで行く愛刀を眺めていると、吸血する量を増やしたのか、肩に鋭い痛みが走る。

 傷口を舐められると、ついにシオンは声にならない絶叫を上げたのだった。

 身体から血の気が失せていくと、シオンの手足に力が入らなくなる。ヴァンパイアに寄り掛かってされるがままになっていると、ようやくヴァンパイアはシオンから離れたのだった。

 その場に膝をついて荒い息を繰り返していると、ヴァンパイアは先程息絶えた少年を引き摺ってくる。

 少年の喉から溢れる血に気づいた瞬間、シオンの胸が激しく脈打ち始める。

 シオンの喉が何故か強烈な渇きを覚えたのだった。


「これが気になるか? まだ辺りに沢山あるぞ」


 その言葉にシオンが辺りを見渡すと、仲間たちの骸が目に入る。血の気が失せたその身体と――傷口から溢れる血が。

 生唾を飲み込んで喉を鳴らしたところで、一瞬だけ正気を取り戻すと、ヴァンパイアの甘言から顔を逸らす。

 けれどもシオンの目だけは、血が流れ続ける少年の傷口から離れなかった。


「気になるのだろう。さあ、とくと味わうがいい……」


 ヴァンパイアは少年の傷口から乾ききっていない血を掬うと、シオンの口に入れる。

 少年の血が舌に触れた途端、極上の蜜のような甘味とこれまで味わったことのないうま味が口の中に広がって、何も考えられなくなる。

 シオンはヴァンパイアを跳ね除けると、自ら少年の傷口に貪りついたのだった。

 血を吸う度に自分が人間から遠ざかり、ヴァンパイアになっていくような気がして、胸が張り裂けそうになる。

 やがて涙を溢し、嗚咽混じりに同胞の血を吸っていると、ヴァンパイアが片手でシオンの両目を覆ったのだった。


「なぜ悲しむ? 家畜を超越し、我らの仲間になれたのだぞ。家畜を屠り、喰うことさえ出来る。其奴らを超える存在になれたのだぞ?」

「……」


 ヴァンパイアの言う通り、シオンは自分の意思とは関係なく、ただ身体が欲するがままに、苦楽を共にした仲間に喰らいついて血を吸っていた。それは彼と同じように、人間を家畜と見做して捕食しているのと何も変わらなかった。

 仲間と豪語していながらも、欲望に負けて仲間の血を吸ってしまった罪悪感と、今後は彼と同じように人間を襲わなければ生きていけない化け物になってしまった絶望感に打ちひしがれていた。

 ヴァンパイアは息を吐くと、幼子を慰めるようにシオンの耳元で呟く。

 

「家畜の記憶が邪魔をするか。ならばそれさえも奪ってしまおう。次に目覚めた時は産まれたての赤子に近い、の状態となる。其奴らはただの血肉だ、生きるための餌だ。家畜に情など不要だ。何も考えずに喰うがいい」


 ヴァンパイアが何か唱えると、シオンの頭から何が抜けていく。それが家族や仲間たちの声や顔、思い出、そして自分だと気づいたものの、シオンはその場で意識を失ったのだった。

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