それは夢か現か過去なのか
第14話
急に目の前が明るくなったかと思うと、眼下では城から煙が上がっていた。
ヴァンパイアの貴族たちが住んでいるような、均等に切られた石が積み上げられた豪奢な城ではない。大きさも疎らな石が隙間なく組み合わされた石垣の上に建てられた白い外壁と茶の屋根瓦の本丸。
その本丸の至るところで、火の手が上がっていたのであった。
「本丸に戻ろう。他の隊と合流して体制を立て直せば……」
「いや今から言っても無駄だ。こちらも先程の戦いで死傷者を出してしまった。今だって山道がやっとの者もいる。この状況で合流しても足を引っ張るだってだけだ。出来るわけがない……」
シオンの目の前で言い争う着物姿の少年たちは、どちらも返り血と土埃で汚れていた。
腰に差した刀と薄灰色の袴に赤と黒の模様が飛び散っているところから、ここに来るまで二人は敵と戦い、斬り合いをしてきたのだと分かった。
そんな二人を囲むように見守る少年たちも同じ格好していた。全員がシオンよりやや若く、いかにも武士といった出で立ちをしていた。
それはシオンも同じようで、首だけ動かして下を見れば、少年たちと同じ汚れた姿をしていた。同じ姿をしていると気づいた時、急に黒い着物が重く、袴が足に纏わりつくように感じられた。雨にでも当たって水を吸ったのだろうか。濡れた布地に体温を奪われていくように、身体から熱が引いていったのだった。
誰もが疲労困憊といった顔で煙が上がる城と少年たちを交互に眺めていると、少年たちの輪から誰かが発した。
「ここで話している間に敵に捕まって捕虜となった方が主君や先祖に合わせる顔がない。それならここで武士としての主君に殉じようじゃないか」
その言葉に少年たちは互いの顔を見やると頷き合った。
全員、同じ結論が出たらしい。
「そうだ。それがいい。それならおれは先に逝かせてもらう。黄泉路で会おうじゃないか」
そう言って、少年の一人は刀を抜くと自らの身体に刺す。身体から流れたおびただしい量の血が袴に垂れ、そのまま少年は動かなくなったのだった。
その少年に続くように、他の少年たちも刀を抜くと自らの身体に突き刺した。ある者は城を見ながら、またある者は家族が待つ生家の方角を見ながら、それぞれが主君の元に逝ったのだった。
「お前も早く来いよ」
「あ、ああ……」
最後に残った少年が腰から刀を抜いて刃を自身の首に向けた時、枝葉が揺れる音が聞こえてきた。木々のざわめきに混ざるようにどこからか艶かしい声が辺りに響いたのであった。
「血の匂いに惹かれて来てみれば……。勿体ないことを……」
「誰だ!?」
少年が短く誰何すれば、近くの茂みが揺れたのと同時に目の前から少年の姿が消える。
「離せ! 離さぬか!!」
その声に首を動かせば、少し離れたところで少年が地面に押さえつけられていた。
少年の髪を掴み、地面に縫い付けるように押さえつけていたのは、星の光を写したような長い銀髪と濃い赤い目の男――ヴァンパイアだった。
少年たちとは違い、如何にも西洋人といった顔立ちと白い肌をしたヴァンパイアは、浮浪者のように襤褸を纏い、汚れた姿をしているものの、どこか育ちの良さを感じられたのだった。
「地面に落ちた血は旨くない。土に含まれた人間共の汗の味までするからな」
「何を言っている! 離せと言っているだろう!? この異邦人が!」
「黙れ」
ヴァンパイアは少年が握ったままになっていた刀を奪うと、髷を結っていた髪から手を離す。少年の上に馬乗りになったまま刃先を下に向けると、少年の喉笛を斬ったのだった。
少年の首から血が飛び散り、ヴァンパイアの顔に掛かる。ヴァンパイアは顔に付いた血を舐めると、少年の喉に口を付けて流れ続ける血を吸い始めたのだった。
「……ん、んんっ」
ヴァンパイアはよほど喉が乾いていたのか、数日振りに水を飲んだ時のように、咽喉を鳴らしながら恍惚の表情を浮かべて少年の血を飲み続ける。
その様子を呆然と眺めていたシオンだったが、不意にヴァンパイアが馬乗りになっている少年と目が合う。
最期の力を振り絞って、少年は乾いた唇をわずかに開いて合図をする。その意図に気づくと、シオンは音を立てないようにそっと自分の刀を抜く。
両手で刀を構えると、そのままヴァンパイアに向かって斬り込んだのだった。
血を吸って油断していたのか、ヴァンパイアの反応がわずかに遅れた。ヴァンパイアは少年の身体から避けたものの、その前にシオンが振り下ろした刀が頬を掠めたのだった。
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