第13話

「本当に連れてきて良かったのか?」

「本人が来たいと言ったんだ。断る訳にいかないだろう」


 御触書が出た次の日、もう一度シオンが聞くと、エンジュは消え入りそうな声で「一緒に行く」と言ってきた。

 国内の情勢が落ち着くまで一時的に実家に戻ることも提案したが、それでもエンジュはシオンと一緒に行くと言って聞かなかったのだった。


「騎士団を辞めることについて、何も問題は無かったか?」

「ああ。こんなにあっさり抜けられるとは思わなかった。もう少し、引き留められると思ったんだけどな」

 

 かくりよ行きの船の船のチケットが取れた後、辞表を持って上官の元に行ったが特に何も言われなかった。小言の一つや二つは覚悟していた分、あっさりと受け取られてしまったので拍子抜けしてしまったのだった。

 

「怪しまれる前に辞められたのはいいが、これまでの苦労は何だったのか問いたくなったな」

「いいじゃないか。おれもそうだっだ。これからはお互に無一文だな。お前たちさえ良ければ、しばらくは共同生活をしないか?」

「それはこっちの言葉だ。俺も同じことを考えていた」


 シオンの言葉にリカンは相合を崩すと、肩を何度も叩いてくる。


「そいつは良かった。実を言うと、レイラを理由に断られると思っていたからさ。最近こそ夜泣きは減ったが、まだまだうるさい」

「何を言っている。レイラはお前の大切な家族だろう。 それとお前も知っているかもしれないが……俺とエンジュは上手くいっていないんだ。この先二人きりで、どうなることか……」


 周囲に誰もいないと知っていつつも、なんとなく小声になってしまう。こんなことを打ち明けられるのも、相手が信頼の置けるリカンだからこそ。他の奴らにはこんな話は到底話せない。

 シオンにとってはかなり深刻な悩み事だが、この親友にとっては大した問題では無いようで、からりと笑い飛ばされてしまう。


「結婚してまだ半年過ぎただけだろう。そんなもんだって。おれとサラは結婚する前から面識があったが、お前たちは紹介されて初めて顔を合わせて結婚しただけだろう。これからお互いを知っていけばいいだけじゃないか」


 確かに、リカンとサラの出会いは三年前に遡る。当時人間たちが住む国の近くで、複数の人間がヴァンパイアに襲われる事件が発生した。治安部隊が出動して犯人と思しき貴族を捕らえたことで一時は解決したものの、その数ヶ月後に同じ場所で事件が再発してしまった。今度は前回の倍の速さで被害者が増加してしまい、治安部隊だけでは解決が困難な状況になってしまったのだった。

 そこで治安部隊の応援として、二人を含めた複数の混血が騎士団から派遣された。ヴァンパイアに襲われて転化した元人間たちを保護していく中で出会った一人がサラであった。

 その頃のサラはヴァンパイアに襲われたショックや転化した衝撃で塞ぎ込んでいたが、リカンが甲斐甲斐しく世話を焼き、話し相手になることで、徐々にヴァンパイアとしての自分を受け入れられるようになった。想いを交わした二人は結婚し、そして生まれたのがレイラだった。


「だがもう結婚して半年だぞ。それなのにこの状況なのは、端から俺のことが嫌いなんだろう。何の取り柄もない、ただの混血だ」

「お前はすぐそうやって卑屈になるのな。せっかくの機会だ。新天地で心機一転する中で、エンジュとの仲も改善したらどうだ?」


 どこか呆れたように肩を竦めた親友は、そのまま展望デッキから立ち去ろうとする。シオンも後に追いつくと、「待った」と幅広の肩を掴んだのだった。


「これからは共同生活って言っていただろう。ということは、当然お前も手伝ってくれるよな?」

「えっ……。いや〜、おれにはサラとレイラがいるし……。第一、以前から道ですれ違えば挨拶くらいしてくれるぞ」

「そうなのか!?」

「おれは挨拶しかされないが、サラなんてちょっとした会話もしてるぞ。内容はありきたりな雑談程度らしいが」


 外出している姿が思い浮かばず、ずっとエンジュは家から出ていないものだと思っていた。

 もしかするとシオンが知らないだけで、交流関係は広いのかもしれない。


「やはり俺は嫌われているのか……」

「仕事もあったし、お互いに生活リズムが合わなかっただけだろう。深く考えていないで、これから親しくなれ。じゃあまた夕食の席でな」


 チケットと共に取った船室の前に着くと、リカンは隣の部屋に入る。偶然隣り合わせになっただけだが、何らかの意思が働いているような気がして勘繰ってしまう。

 シオンは溜め息を吐くと、エンジュが待つ船室の扉を開けたのだった。

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