船上にて

第12話

 その日、船は汽笛を鳴らしながら、ヴァンパイアの国を徐々に離れていった。

 今にも雨が降り出しそうな厚い雲で覆われた灰色の空と、小さくなっていくヴァンパイアとしての自分を育てた国を展望デッキから眺めていたシオンだったが、そっと後ろを振り返る。


「本当に一緒に来て良かったのか?」


 その言葉に頭まですっぽりとフードを被ったエンジュがこくりと小さく頷く。

 純粋なヴァンパイアである貴族たちはわずかな日差しや聖水などが苦手だが、それはエンジュも同じらしい。曇りではあるが、さっきから日向に出てこようとしなかった。船に乗船するまでも、なるべく建物やシオンの影を歩き、陽の下に出ないようにしていた。日陰が無い場所は仕方なく陽光に当たったが、やはり身体が辛いのか苦しそうな顔をしていたのだった。

 乗船人数の関係上、同じ部屋を取るしかなかったので、展望デッキに出る時は一応声を掛けた。部屋で待っていて良いと話したものの、エンジュはシオンの後について展望デッキに出て来たのだった。

 シオンが口を開こうとした時、エンジュの後ろからリカンが顔を出した。

 

「 二人ともまだここに居たんだな」

「どうしたんだ?」

「ようやくレイラが落ち着いたからさ。お前たちの様子を見に来た。最初、部屋に寄ったら誰もいなかったから、もしかしてまだここかと思ってな」


 最初こそリカンやサラたちも展望デッキで小さくなっていくヴァンパイアの国を見ていたが、慣れない船上に戸惑ったのか汽笛に驚いたのか、レイラが大泣きし始めた。その時にはシオンたち以外にも展望デッキに乗船客がいたので、周囲に気を遣ってリカンはサラたちと共に部屋に戻ってしまったのだった。

 

「他の乗客は部屋に戻ったんだな」

「ああ。なんだかここから離れがたくてな……」


 他の乗客の大半はシオンたちのような混血だった。やはりシオンたちと同じことを考えたのか、自由を求めて他国で新たな生活を始めるつもりなのだろう。

 知っている顔の者はいなかったが、同じ混血同士、どこか親近感が湧いてしまう。


「おれもだ。サラに断って出て来た。あんな国、思い入れが無いと思っていたんだがな……」


 一際強い海風が展望デッキに吹く。上着を押さえていると、後ろで大きく布地がはためく音が聞こえてきたのだった。


「エンジュ、先に部屋に戻ってくれないか。俺は少しリカンと話してから戻る」


 これ以上、陽光が苦手なエンジュを無理に付き合わせたくないのもあって、シオンは戻るように勧める。

 やはり辛かったのかエンジュは無言のまま首肯すると、そのまま部屋に帰ったのだった。

 後ろ姿を見送っていたシオンだったが、やがて姿が見えなくなるとリカンが小声で尋ねてくる。

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