第11話

 シオンが転属に従うにしても、リカンたちと共にかくりよ行くにしても、エンジュの故郷はこの国だ。

 実家のある故郷から出たことがないエンジュに一緒に来るように無理強いするつもりは無かった。それどころかシオンとの生活に嫌気が差しているのなら、本当に離縁して実家に帰すつもりだった。

 胸襟とまではいかなくても、いつまでも心を開かないエンジュとの生活には息が詰まるものがあった。それは恐らくエンジュも同じことだろう。

 貴族の娘であるエンジュに御触書は関係ない。エンジュはこの国で生きていくのに支障は無い。シオンやリカン、サラたちだけが、この国での未来が無いだけであった。

 明日にでももう一度聞いて、本人の好きなようにさせよう。


(このままこの国に居ても、将来的には貴族たちによって全ての混血が国を追われるだろう。それだけならまだいいが、迫害が悪化すれば大量虐殺もあり得る。それならまだ規制が緩い内に、この国を出るのが得策だ)


 人間たちの歴史を紐解けば、国民たちからの支持を集め、国家を団結させるために、国民共通の敵を定めて国家で迫害した話は多い。

 貴族たちが何を考えているのかは分からないが、おおよその予想はつく。

 貴族たちはヴァンパイアの国を広げようとしているのだろう。

 シオンがこの国に来た時から、一部の貴族たちは叫んでいた。ヴァンパイアこそこの世界に生きる全てのモンスターたちを統べる覇王に相応しいと。

 貴族たちの間で何があったのかは分からないが、それを実行する時が来たのだろう。

 ヴァンパイア以外のモンスターの国やモンスターたちを制圧し、最終的には西洋圏に住むモンスターたちの頂点に君臨する。やがて力をつけて、かくりよを始めとする東洋に住むモンスターたち――東洋ではあやかしというらしい。をも圧伏し、この世界を手に入れる。名実ともにこの世界の統治者になるつもりなのだろう。

 問題なのは、全ての貴族が混血を排除し、自分たちだけの世界を作ろうと考えている訳ではないというところだ。

 貴族の中には、現状の体制に満足している保守的な者や混血との共存を唱える者たちもいる。他のモンスターたちを圧倒し、西洋圏で主権を握ろうとしているのなら、全ての貴族たちから支持を得たいと考えるだろう。そのためにはそういった反対派を減らさなければならない。

 反対意見の者を賛同させるか、または納得させる方法の中で、最も手っ取り早いのは同じ目的意識を持たせることだ。

 それにうってつけなのは、自分たちの生活を脅かす脅威の存在にして、排除しなければならない共通の存在――敵を定めることであった。

 貴族たちの誰もが敵と思える存在を定め、プロパガンダによって国民の心を誘導する。そうして同じ目的を持つ集団にする。

 その貴族たちにとって最初の敵に相応しく、最も近くにいる存在は――他ならぬ混血しかいない。

 今回の混血を排除するような御触書や転属は、この足掛かりに過ぎない。

 次はどうなるか、誰にも分からない。

 

(奴ら貴族の思惑に巻き込まれるのだけはごめんだ。それなら転属を蹴るべきだ。騎士を辞めてこの国を出る。それはリカンも同じ考えなのだろう……)

 

 そして帰り際にリカンが縋るように呟いた「相棒」の一言。

 ヴァンパイアになってから今までリカンとは共に生きてきた。これまで息が詰まるような、この国の制度に耐え続けられたのも、リカンの存在が大きい。

 リカンさえ居れば間違いは無いとさえ、断言出来る。

 ――もう心は決まっていた。


(かくりよ行きの船の着港日時を調べないとな。騎士団に出す辞表の用意もしなければ……)


 騎士団には何も未練が無い。生活するのに必要な金稼ぐためだけに入団したようなものだ。混血向けの仕事でも、人間の記憶が無いシオンには就ける仕事が限られていた。その中でも騎士団がうってつけなだっただけだ。

 騎士団ではシオンやリカンが身に付けていたが役に立った。記憶が無くても、身体に染み付いたものは自然と使えた。それは沐浴や食事、排泄なども同じであった。

 どのような目に遭ってもシオンが仕事を辞めなかった理由の一つが、この技術によるところが大きい。

 だが、技術ならこの国の外でも役立てるだろう。何もこの国に拘る必要は無い。

 シオンは胸に付けていた騎士団の紋章を外すと、ベッドの上に投げたのだった。

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