第10話

(最悪だ)


 最低限の物しかない無機質な持っていたマントを乱暴に椅子に向かって放り投げると、そのままベッドに座る。


(これでは貴族共と何も変わらない。あの娘があの態度なのは、今に始まった話ではないというのに……)


 シオンは大きく息を吐きだすと天井を見つめる。

 エンジュとの結婚は、シオンを殴ってきたあのいけすかない上官からの紹介だった。

 知り合いの貴族が娘の嫁ぎ先を探しており、無償で「引き取ってくれるなら」混血でも誰でもいいと言ってきたのだった。

 知り合いの娘とはいえ、まるで引き取り先の無いゴミのように話す上官の口振りが気に入らなかったのと、断る理由が無かったから迎え入れた。

 そうしてやって来たのがエンジュだった。

 引き取り先を探しているということだったので、どんな問題児か覚悟していたが、思っていたのとは別の意味で問題がある娘だった。

 初めて会った時からほとんど話さず、話しかけても頷くか頭を振ることしかしなかった。前髪で顔を隠し続けて、顔を見ようとシオンが少し触れただけで怯えられてしまう。

 共に暮らし始めても、シオンが指示するまで部屋の隅で微動だにせず立っており、諸々の家事を頼んでもシオンの分しか用意しなかった。自分の分はどうしたのかと聞いても、俯いたまま沈黙してしまうのだった。

 ほとんど身一つで嫁いできたエンジュに洋服代や日用品代などのお金を渡しても、それも使われないままシオンの手元に戻って来てしまう。

 それなら何もしなくていいと言っても、エンジュはシオンの分の食事や洗濯、沐浴の用意などを続けた。

 仕事でいない間は自由に過ごしていいと言っても、何をすることも無く、ただ自分の部屋でじっと座っているだけだった。

 これでは夫婦ではなく、主人と小間使いのようだと自分でも呆れてしまう。

 リカンたちのように子供が産まれるどころか、幸せな夫婦生活さえ縁遠いものであった。

 

(故郷か……)


 先程、隣部屋の混血の騎士が言っていた「故郷」の二文字が頭の中に渦巻く。

 さっきの騎士には無いと言ったが、もしシオンにも「故郷」あるとしたら、それはかくりよのことだろう。

 ヴァンパイアになった際、髪や目の色は貴族のヴァンパイアと同じ銀髪と赤い目に変化する。顔形や体型も同様に整った容姿に変わるが、その元となるのはヴァンパイアとなる前の――人間の時の姿であった。

 混血のヴァンパイアは数多く存在するが、東洋人の血を引いていると思われる者は二人だけ。シオンとリカンだけであった。

 リカンと親しくなった理由は同じ人種というのもあるが、それ以外にもう一つあった。

 他の混血のヴァンパイアには人間だった頃の記憶があるにも関わらず、シオンとリカンはヴァンパイアに転化してからの記憶しか無かった。

 ヴァンパイアとして蘇った時、人間だった頃の自分に関する記憶を一切無くしていたのだった。

 保護された場所が二人揃ってかくりよの裏側にある日本であったことや、最低限の生活に関する記憶は残っており、それが日本の生活様式と当てはまったところから、二人がヴァンパイアになる前は日本に住んでいたのは間違いなかった。

 ただどこで生まれ育ち、どんな経緯で貴族と出会ってヴァンパイアになったのかは、未だに分からないままだった。

 二人を吸血した貴族も判明しないまま、ただ二人はヴァンパイアの国で生活を送っていたのだった――。

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