第8話

 リカンと話している間に騒ぎは落ち着いたのか、官舎内は静まり返っていた。

 シオンが住む部屋はリカンの部屋の一つ上の階なので、いつもなら階段で戻っているが、なんとなく今夜は早く帰りたくない気分だった。

 シオンは階段を通り越してエレベーターフロアにやって来ると、エレベーターを待つことにしたのだった。


「かくりよか……」

 

 エレベーターの到着を待ちながらシオンは独り言ちる。


「まさか、ことになるとはな……」


 今日何度目になるか分からない深いため息を吐いた直後に、軽い音と共にエレベーターが到着する。誰もいないエレベーターに乗り込むと、シオンは一つ上の階のボタンを押したのだった。

 

 シオンがヴァンパイアになったばかりの頃、行く当ても無ければ、誰がヴァンパイアに転化させたのかも分からず、ただ日本を彷徨っていた。

 手当たり次第に動物を襲って生き血を啜って飢えを凌いでいたところ、現世に住むあやかしから通報を受けて、かくりよの治安を守るかくりよ警察に保護された。

 そうして一度はかくりよに連れて行かれたものの、西洋系モンスターであるヴァンパイアであることからかくりよに住まうことを禁じられて、ヴァンパイアの国に送られた。その時にシオンと同時期に保護されて、共にヴァンパイアの国に行くことになったのがリカンであった。

 当時からリカンはどこか明るく、面倒見が良かった。ヴァンパイアになったからといって悲観するのではなく、ヴァンパイアである身の上を楽しもうとしていた。同じ共通点を抱えていることもあって、二人はヴァンパイアの国に向かう道中で打ち解け合うと親密な関係になった。

 ヴァンパイアの国に着いてからも、二人の後継人にして、保護者兼教育者となってくれた貴族の元で共に生活を始めた。

 ヴァンパイアとしての生き方、国での暮らし方に慣れ、騎士として仕事を始めて生活の基盤が整ってくると、二人は貴族から独立して別々に暮らし始めた。

 それでもお互いに相手の元を頻繁に行き来して、他愛のないことを話し、笑い合い、酒の肴とした。

 三年前にリカンが仕事で保護した元人間のヴァンパイアの女性――サラと結婚し、半年前に二人の娘となるレイラが誕生してからは、会える時間が限られるようになった。だがレイラが生まれたのとほぼ同時期にシオンも結婚して、住まいを家族官舎に移してからは互いの家が近くなった分、通いやすくなった。

 これからは今まで以上に会える機会や家族ぐるみの付き合いも増えるだろうと思っていた。

 今回の御触書は、まさにその矢先の出来事であった。


「シオンさん」


 エレベーターを降りたシオンが呼び止める声に振り向くと、隣部屋に住む若い騎士に声を掛けられた。


「どうした?」

「その……実はオレと一部の混血の騎士なんですが、この国を出て自分の故郷に移り住もうと思っているんです。あっちに住むモンスターたちが受け入れるかどうかは別として。やっぱり今回の貴族のやり方にはどうしても納得がいかなくて……」


 騎士が指す「今回」というのが、御触書のことだと気づくとシオンは頷く。

 

「そうだな。さすがに今回の貴族もやり過ぎだと思う」

「それで、シオンさんはどうするのかと思って……。シオンさんは故郷に戻られますか? それとも転属にしたが……」

「まだ何も考えてないんだ。……故郷も無くてな」

 

 何とも無いように言ったつもりだったが、騎士は言葉の意味に気づいたのか、何度も謝罪すると自分の家に戻ってしまった。一人残されたシオンは、きまりが悪い顔になると肩を竦めたのだった。


(故郷は滅びて存在しない、という意味に取られでもしたか……)


 誤解を解くことも考えたが、反対に故郷について聞かれても答えられないので、そのまま放っておくことにして自分の家のドアを開ける。


「ただいま」


 少ししてリビングルームから軽い足音が聞こえてくると、シオンと同年代の女性が出迎えてくれる。

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