第7話
「だが、これがこの国の現状だ。この体制を変えるには国を簒奪するしかない。貴族たちから国の主導権を握るか……」
「あるいは、国を興すか……な」
「そうなる前に貴族たちによって制圧されるだろう。手っ取り早いのは、この国から移住することだ」
「当てはあるのか?」
「あるにはある。東にあって、現世と呼ばれる人間たちが住む世界から逃れたモンスターたちが住む国……かくりよだ」
「かくりよ、か。だがあの国は西洋系モンスターの移住以前に入国さえ禁止していたはずだ」
「おれたちがヴァンパイアになった頃はな……。だが今は違うらしい。数年前から西洋のモンスターたちの移住も受け入れるようになったと聞いた。あの国のモンスター……あやかしたちも、考えを改めたらしいな。おれたちがヴァンパイアになってすぐの頃、在住を希望した時は拒否されたものだが」
人間たちの時間で今から何十年も前。ヴァンパイアになったシオンとリカンが保護されたのは、かくりよの裏側にあると言われている人間たちが住まう国――日本であった。
二人がヴァンパイアになったばかりの頃は、人間たちが住む現世とあやかしたちが住むかくりよは行き来が盛んであった。しかし、あやかしが他のモンスターや異種族と交流することは禁止されていた。
当時は西洋などの外国からやって来るモンスターは、誰もが凶暴であやかしを喰い殺し、未知なる病を持ち込む危険な存在だと考えられていた。
例え、モンスターになる前は日本に住んでいた現地人で、保護された場所がかくりよと深い繋がりがある日本だとしても、モンスターという理由で在住どころか入国さえさせてもらえなかったのだった。
「レイラが生まれた頃からずっと考えていた。おれたちはこのまま貴族連中の顔色を伺いながら生きていくしかないのだろうかと。勿論、誰かの言うことにただ唯々諾々と従って生きていくのも悪くない。だけど、自分の子供にもそんな肩身が狭い生き方をさせたいかと聞かれるとそうじゃない。望んだかどうかは別として、おれたちはヴァンパイアに
背中を丸めて、項垂れるようなリカンの姿にシオンは見入ってしまう。
出会った頃は考え方が自分とそっくりだと思っていた親友は、父親になって随分と変わったらしい。
このまま安全な国で貴族に従属する生き方ではなく、愛する子供のために国を捨て、新しい生き方を選ぶだけの覚悟を持っていたとは思わなかった。
「そんなことを考えていたんだな」
「レイラが生まれてからこの国や自分の生き方に対して、気づくことや思うことが増えただけだ。もしかしたら、前から思っていたことが表に出て来ただけかもしれないが……」
「それでも自ら思考を放棄しなかっただけまだマシだ。何も考えず、貴族に縋り付き、気に入られるためなら同じ混血さえ平気で害する……まるで家畜のような生き方をしている混血だっているんだ」
貴族のおこぼれを貰おうと、自らをヴァンパイアにした貴族に取り入ろうとする混血も多い。反対に、貴族たちに逆らおうとする者も。
そういった貴族と混血の衝突の緩衝材となるのも、シオンやリカンたち混血の騎士の役割だった。
「これも良い機会だと思うからはっきり言う。シオン、おれはサラとレイラを連れてかくりよに行く。お前も一緒に来ないか?」
「俺も?」
「ああ。ヴァンパイアになってからの幾年、おれたちは共にいた。同じ
リカンに両肩を掴まれると、シオンと同じ真紅の瞳でじっと見つめられる。
「お前のことはずっと親友か兄弟か、それ以上の関係だと思っている。そんなお前にこれからも側にいて欲しい。危険を冒す旅になるかもしれない。それでもおれたちと一緒に来てくれないか?」
「リカン……。お前の気持ちは分かった。が、少し考えさせてくれ。俺にも家族が居るんだ。形だけの家族だが……」
「エンジュのことだろう。彼女のことはお前に任せる。連れて来るなとは言わない。おれたちはかくりよ行きの船のチケットが取れたらすぐに出発する。もし一緒に来てくれるなら……」
「分かってる。またな」
シオンは自分のグラスを空にするとテーブルに置いて立ち上がる。いつもなら玄関まで見送ってくれるリカンはいないが今夜は仕方がない。
そう自分に言い聞かせて、シオンは親友の家族部屋を後にしようとした時、リカンの呟きが耳を打ったのだった。
「これから先も共に行こうぜ。……相棒」
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