第6話
「お待たせ」
「お待たせしました」
「ありがとう」
「リカン、シオン様。私は先に休ませていただきますね。なんだか今日は疲れてしまって……」
「大丈夫か、サラ」
「大丈夫よ、貴方はシオン様をもてなしてさしあげて。シオン様もゆっくり過ごしていただいて構いませんが、今日はあまり遅くならない内に部屋に戻って下さいね。きっとエンジュさんも不安になっているはずですから」
「分かった。エンジュのことまで気遣いありがとう。だがあいつは気にしていないだろうさ。今回の御触書は関係ないんだから」
どこか寂しそうな微笑を残して、サラが奥の自室に戻ると、すぐにリカンはウイスキーのボトルを開栓する。グラスに注がれる琥珀色の液体を見つめながら、シオンは最後にこのボトルを開けた時を思い返す。
前回ウイスキーを開けた時は、レイラが生まれた時だった。
サラが入院している病院から泣き腫らしたリカンを連れて帰宅すると、まだ感涙にむせぶ親友を宥めながらウイスキーを用意した。
元気に生まれてきたレイラ、出産を無事に終えたサラ、そして父親になったリカン。
何もかもが初めての中、家族の誕生という大きなイベントを達成したリカン一家を共に祝福したのだった。
次にこのウイスキーを開けるのは、リカンたちに二人目が生まれる時か、それともシオンたちに子供が生まれる時かと、そんな他愛のない話をしながら――。
リカンからグラスを受け取って、しばらく琥珀色の液体を眺めていると、グラスに口を付けたリカンが話し出す。
「今日の御触書のことだけどさ……。貴族たちの政策が変わった以上、これから先、ますます混血に対する扱いは酷くなると思うんだ」
国の中枢である政治だけではなく、守備や生活など、まるで国そのものから混血を追い出そうとするかのような新しい政策。
貴族たちからも一目置かれていた混血たちの英雄的存在であるバールスト卿やモルト卿など、これまで幾つもの武勲を立てて国に貢献した混血の騎士たちでさえ、今回の御触書では国の中心部から遠ざけられて、底辺で働く他の混血たちと同等に扱われている。
貴族は有利で混血は不利、というこれまで以上に貴族を優遇するようなあからさまな国の方針は、今日までギリギリのところで保たれていた貴族と混血たちの関係性を悪化させてもおかしくなかった。
混血たちによる暴動、または反乱が起きる日もそう遠くない。
「そうだな……」
「今はまだ良い。だがこの先はどうなるか分からない。もし他国との戦争になったら、おれたちは真っ先に戦場に連れて行かれるだろう。本来なら人間として死ぬはずだったが、貴族たちの慈悲と善意によって、畏れ多くもヴァンパイアというモンスターたちの頂点に加わった卑しい存在だ。……貴族たちの教えによるとさ」
そこでウイスキーを一口飲むと、リカンは息を吐く。
「戦って傷ついても、急所さえ突かれない限り、何度でも蘇る。おれたちは不死身のヴァンパイアとして永遠を生きていられる」
「死という恐怖を取り除き、不老不死という贈り物を与えられた俺たち混血は、仲間に迎え入れてくれた貴族に敬意と感謝を捧げて、彼らに永久の忠誠を誓う。それが道理だと、これまで散々教えられたな」
ヴァンパイアに成り立ての頃、リカンと共に連れて行かれた教会で貴族のヴァンパイアがそんな話をしていたのを思い出す。
それが当然だと言うかのように、胸を張って朗々と演説する様に、リカン共々呆れ返ってしまったのだった。
「そしてその教えは、これまで以上に遵守されるだろう。戦場の最前線に行き、自ら盾となって貴族たちを守らなければならないと。そう教えられるんだ。何度も……。言い換えれば、洗脳されるんだ。国のため、安全な場所から高みの見物を決め込む貴族たちのために、戦って死ねと」
覚えがあるのか、グラスを握るリカンの手がわずかに震える。見られていることに気づいたリカンがグラスをテーブルに置いて隠そうとしたので、シオンはさりげなさを装って目を逸らす。
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