第5話
騎士団から少し離れたところに建つ、混血の騎士たちの家族が住む官舎に着く頃には、空はすっかり薄墨色に変わっていた。
いつもなら帰宅した家族を出迎える声で賑やかになる官舎の中も、急に発布された御触書の話題で騒然としていたのだった。
「ただいま。サラ」
「お帰りなさい! リカン、シオン様も……」
リカンの部屋の玄関を開けると、今にも泣き出しそうな顔で乳児を腕に抱いた出迎えてくれた。
絹のようにさらりとした肩までの銀髪と柘榴のような赤い目の若い女性は、リカンの胸の中に飛び込んだのであった。
「リカン、御触書の話を聞いたの。それから、転属の話も……。官舎の中はその話で持ちきりなの」
「サラ。ごめんな。不安にさせて」
「いいえ! 私とレイラはリカンと共に行くわ。どこまでだって。それが不吉と噂の西の砦でも、どこでも……」
「知っていたんだな。西の砦の噂」
呟くようなリカンの言葉にサラはレイラを強く抱きしめながら小さく頷く。
「リカンが西の砦に転属になったことを教えてくれた奥様が言っていたの。各方面に建つ砦の中でも、西の砦は最も険しい崖の上にあって、毎年原因不明の不審死が続いているって。私、心配なのよ。リカンの身に何かあったらって……。それを考えただけで、今から胸がはち切れそうになるの……」
サラが話すように、東西南北に位置する四つの砦の内、険しい崖の上に聳え立つ西の砦では、毎年不審な死が続いていた。
初年度は砦からの転落死。しかしこれは岸壁に建つ西の砦では珍しいことではなかったので、事故として扱われた。
問題は次の年から相次ぐ謎の死。ある年はベッドの上で、またある年は武器庫で無数の武器に串刺しの状態で発見され、別の年は巡回中に行方不明になり、数日後に木から首を吊って縊死していた。
自然死や事故死、または自死の可能性はなく、亡くなった者たちに関係性や共通点も無かった。第三者による犯行とも言われたが、未だに犯人は特定されていなかった。
最初に転落死した者の呪いとも、同族殺しに快感を覚える愉快犯の犯行とも言われているが、真相は定かではない。
それでも不可思議な無差別な死が続いたことで、西の砦からの転属希望者や転属を拒否する者が増え、人員不足に陥っていたのであった。
そんな人員不足の際に真っ先に補充されるのは貴族たちから捨て駒のように扱われる混血の騎士たちであり、混血の騎士たちは自分が選ばれないように、ただただ祈ることしか出来ずにいた。
「サラは心配性だな。そんなのは偶然だよ。理由の無い死なんて、そうそうないんだから」
「でも……」
「それより、シオンと一杯呑みながら話したいんだ。用意してくれないか?」
愛妻の腕の中で、寝息を立てる愛娘の頭を愛おしそうに撫でながらリカンは頼む。
「……分かったわ。先にレイラを寝かせてもいい? 今日は官舎内が騒がしかったこともあって、なかなか落ち着いてくれなかったの」
「ああ。もちろん」
サラは顔を上げて深く頷くと、レイラを寝かせに行く。その間にシオンたちは部屋に入ると、リビング内のソファーに並んで座ったのだった。
マントを外し、襟元を緩めながら、リカンが口を開く。
「今夜はどこに行っても落ち着かないな」
「仕方ない。あんな御触書と転属一覧が出たんだ。混血たちを国から追い出そうとするような……」
傍らから物音が聞こえてきてシオンが振り返ると、ソファーからリカンが立ち上がったところだった。そのまま壁際に備え付けの戸棚を開けると、祝い事以外では口にしない、高価なウイスキーを取り出したのだった。
「それ……」
「久しぶりにこれを飲まないか」
「特別な時に開けるやつだろう。いいのか?」
「いいさ。次はいつお前と飲めるか分からないからな」
リカンがグラスを用意していると、レイラを寝かせたサラがやって来る。リカンが持ったトレーにサラが氷を入れたグラス二個とアイスペールを載せる。二、三言葉を交わすと、二人は仲睦まじく戻ってきたのだった。
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