第3話
「顔に当たらなくて良かったな。綺麗な顔が台無しだ」
「綺麗かどうかは別として、顔への直撃は避けたからな。……ヴァンパイアだからこの程度の傷で済んだが、人間だったら間違いなく首の骨が折れていた。今頃ここにいなかったぞ」
殴られた時は骨に違和感があったが、ヴァンパイアの高い治癒力のおかげなのか、仕事を終える頃には傷痕が多少痛むだけとなっていた。
「お前の怪我について、当の二人は何か言ったのか?」
「部下は平謝りしていたな。まさか俺が間に入ると思わなかったからな。怪我については黙っているように言った。こんなことで貴重な部下を失いたくない。俺もお前以外に話すつもりはない」
偶然とはいえシオンを殴った時点でこの部下は懲罰ものだが、上官を殴りたくなる部下の気持ちもよく分かるので、この怪我については他言無用を約束させると、シオンも責任を問わないことにしたのだった。
「肝心の上官は?」
「反省の余地なし。俺を殴ったことについても何も無し。ただ俺を殴って満足したのか、機嫌は直ったな」
「その代わりに、お前の機嫌は悪くなったと?」
「……そうだな」
「……いっそのこと、お前も部下を止める振りをして、上官を殴った方が良かったんじゃないか?」
冗談なのか本気なのか分からないリカンの言葉にシオンは苦笑する。
「そうしたら怪我の数が倍になっていただろう。これ以上怪我を増やしたら、今度こそ命に関わる」
今日の上官はシオンを殴った一発で満足してくれたが、そうじゃなかったらシオンは部下の責任を追及されるところだった。蜂の巣になるまで殴られて、今度こそ命が危ぶまれることだろう。
仮に無事だったとしても、負い目を感じる部下の手前、痛がる素振りを見せられず、倒れることも出来ない。当然仕事も休めないので、怪我が悪化するのも覚悟の上で、出仕しなければならなかっただろう。
「だがこの程度の怪我なら、明日の朝までには完治する。気持ちは別としてな」
「じゃあ、今晩中にその傷痕と合わせて機嫌も直すんだな。どうだ、うちで一杯呑むのは?」
「良い案だな。それなら、一度家に戻って……」
遠くを見ながらリカンが急に足を止めると釣られてシオンも止まる。同じ方向に目線を向けると掲示板の前に人だかりが出来ていたのだった。
「何だあれは……?」
「何か新しいお触れでも出したのか? お貴族様たちは」
「リカンは何か聞いているか?」
「いや、何も……。行ってみるか?」
「そうだな。嫌な予感がする」
「いつも嫌な予感しかしないさ。お貴族様たちの思い付きとその日の気分で制定される法と税にはな」
二人は掲示板に向かうと、人垣の後ろから新たに貼られた御触書を見る。普段は誰も寄り付かず、それでもある日突然、政治を司る貴族たちで成り立つ貴族院が混血たちに不条理な法や税制度を発付した時に御触書が貼り出されるだけの掲示板。そんな掲示板を食い入るように見つめる混血を中心に怒りと困惑の渦が起きていたのだった。
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