第15話 単なるアル中

「ねぇねぇ小池さん、これめっちゃ美味しい。どこの?」

 ナオは冷酒の入ったとっくりを持ち上げて、小池さんの割烹着を突っつきながら呼び止めた。香りものど越しも格別に良くて、とっくりの中身は一瞬で空になった。

「兵庫の老舗酒造からのお取り寄せよ。紅さんからのお土産だけど、彼女のおすすめは間違いないわね」

 小池さんはにこやかにそう言うと、テーブル中央に煮豚の大皿を置いた。すかさずナオは箸を伸ばして口に運ぶと、

「くぁ~、うっま~! 酒に合う!」

 と、唸った。

 小池さんの料理はどれもこれも、とにかく上手い。朝から何も食べていないことに加え、久しぶりの家庭の味は胃に沁みて、いくらでも食べられそうな気がした。


「ナオさんは、本当にお酒がお好きなんですね」

 料理を褒めては食べ、唸っては飲むナオを見ながら、斜め向かいに座る結依が声をかけた。

「そう、大好きぃ~」

 ナオは結依にそう言って、さらにおちょこをあおって、サイコー! と、上機嫌に言った。

「酒好き通り越して、単なるアル中や。あと、女見ると誰彼構わず口説くさけ、結依はナオの二メートル以内に近づいたらあかんでぇ~?」

 棘のある佐助の言葉に、結依が返答に困る中、ナオはぷりっと口を尖らせた。

「ひっどい、佐助さん。言い方キッツイなぁ…」

「優しさぁ、言わんかい。飲みすぎやろ」

「え~? どう見たって佐助さんの方が飲んでますよ」

 ナオは、佐助の前にずらりと並んだマイボトルを指さして言った。

 くっくっと佐助は笑い、

「おい、せっかく本家来たんに、結弦と伽奈、こっち呼ばんでええんか?」

 と、煮豚に箸を伸ばしながらナオに聞いた。

「結弦さんは、もうすぐ勤務が終わりますが、伽奈は…ちょっと今、一時退院させられないですね」

 ナオに代わって、当主がすかさず佐助に返した。


 『伽奈』の名に、ナオは耳だけ反応していた。伽奈とは、当主の妹だ。現在、一族が運営する療養施設、通称「ラボ」に入院している。


「結弦さんに、仕事帰りこちらへ寄るよう、伝えましょうか?」

「結弦か…。そうですね。はい、お願いします」

 当主の提案にナオが穏やかに答えると、佐助が、ほぉ~、とにやにやしながら冷やかした。

「今日は、やけに素直やんか」

「可愛い女子高生が目の前にいるから、お兄さんぶりたいんですぅ」

 皮肉のこもった佐助の言い回しにも次第に慣れると、ナオの酒を飲むペースは早まっていった。

 美味しそうに食べるので、小池さんがせっせとおかわりを並べるせいもある。

「ナオさんは、結弦お兄ちゃんと仲が良いんですよね?」

 結依の質問に、ナオはにっこり笑ってうなずいた。

「そ。俺は今ニートだけど、結弦とは小中高同じで、大学も同じ。俺、結界張れないから、一時期、佐吉さんに指南受けてたこともあるよ」

「そうですか、おじいちゃんに…」

 結依は柔らかく微笑んだ。


 佐吉は結依たちの祖父で、佐吉の兄だ。すでに他界している。


「ナオさんて、お兄ちゃんと同い年ですよね?」

「うん。なに、老けて見える? うわ、ショックぅ~」

「え…いえ。たぶん、髪型? のせいだと思います」

 結依が焦って答えると、

「結依ちゃんは可愛いね。んー、しばらく切ってないからな」

 ナオは、クセのある髪の毛先をつかみながら、苦笑して言った。

「酒を飲むにも邪魔だな。自分で切ろうかな」

 ナオの言葉を聞いて、結依は席を立つと、ナオが座る背後に回り、

「ちょっと、失礼しますね」

 そう言って、持っていた髪ゴムで、ナオの髪を後ろで小さく一つにまとめた。

「これで、いかがですか?」

 結依がにっこりと笑顔で微笑みかけると、ナオは上機嫌で、

「いいね。助かる。ありがとう」

 と言った。その無邪気な笑顔は年相応、いやそれ以下の学生のようだった。

「はい」

 初めてナオの心に近づいた気がして、結依は嬉しそうに答えると、また席に戻った。

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