第12話 佐助
「…………とぉ、…当主。あの、…ただ今、戻りました」
開いたままの玄関先で、結依がしばらく絶句したのは、仕方のないことだった。
ナオの背中越しで良く見えなかったが、当主がナオに押し倒されたような格好で、玄関の板の間に手をつき、上体を起こしたからだ。
「弓の練習は、終わりましたか?」
当主は居座り直し、平然と結依に尋ねたことで、結依はハッとして姿勢を正すと、
「はい、滞りなく。お客様…ですよね。失礼いたしました」
と、言いながら肩をすくめた。
袴着姿の結依は、後髪をシュシュで1つにまとめ、手にはゆがけを持っていた。顔が赤いのは、走ってきたせいもあるが、見てはいけないものを見てしまったようで、ドキドキしたせいもある。
「わぁ~! もしかして、結依ちゃん?」
二人の会話を遮るように、ナオは振り向くとパタパタ結依に駆け寄った。
結依の肩に触れようとしたとたん、ヒュッっと、弓矢がナオの頬すれすれで飛んできた。
矢は結構な音を立てて柱に突き刺さり、ナオは微妙に手を伸ばした格好のまま、その場に文字通り凍りついた。
「あ。手ぇ、すべってもたわ。すまんなぁ、ナオ」
わざとらしく謝りながら、
昔はめちゃくちゃ強かったらしく、立ち方からして常人と異なる。
今のような白髪混じりになる以前の話だが、ナオは父や祖母から、相当しごかれ半殺しの目にあったなどと聞かされていた。
ナオが佐助に会うのは、かなり久しぶりだ。
「もー、佐助さん。冗談きついっすよぉ」
苦笑するナオに、佐助はシワが刻まれた顔で、にっと笑った。
「ナオさん…? あぁ、辰巳家のナオさんですか? お久しぶりでございます。天野家の結依です」
結依はハキハキとした声で名乗ると、丁寧にお辞儀した。
「ナオでいいよ。久しぶり、結依ちゃん。大きくなったね」
「はい。今、高校三年です」
ピュアで爽やかな受け答えに、ナオの瞳は見るからにキラッと輝いた。
「現役女子高校生。いいね。うん、すごくいい。綺麗になっ…」
鼻息荒くなった言葉の途中で、佐助の腕が横から伸び、ナオの鼻をぐっとつまんだ。
「ナ~オ~、まず目上の俺に挨拶なしやなんて、いい度胸してんな? あぁん?」
「佐助さん、もぅ、やだなぁ。さっきしたじゃないですか。ウインクで」
ナオは鼻にかかる声でそう言うと、茶目っ気たっぷりに佐助にウィンクを飛ばした。
鼻がひん曲がるほど左へねじられたうえ、堅気のそれとは思えない、佐助の突き刺すような視線が返ってきた。大姪は、よほど可愛いらしい。
「まぁ、佐助さん。挨拶はその辺で。今からナオさんと蓮の間で話してきますので、結依さんをお願いします」
すでに立ち上がっていた当主は、穏やかにそう言うと、すぐに廊下を歩き始めた。
ナオも当主に続こうと、玄関で慌ててスニーカーを脱ぎ始めると、
「ナオ」
と、佐助が呼び止めた。
「本家によう来た。夕めし、一緒に食うぞ。いいな?」
声色はぶっきらぼうだが、言葉の中に、歓迎の意は十分汲み取れた。
(まるで親戚のおやじみたいだな)
本音をいえば、会いたくなかったのだが、その強引さは嫌ではなかった。
「はい」
ナオは返事をすると、背筋を伸ばして、きびきびと佐助に一礼してみせた。
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