第9話 朔也
「ありがとう、って。病気、治してって。そしたらきっと、またママの子になって産まれてくるからって、ものすごく…訴えてる」
「っ…。朔也は、分かってるの…?」
ゆきは顔を上げると、目を見開いてナオを見た。
「うん、分かってる。これ、子宮筋腫だよね…。大丈夫、この程度なら、ちゃんと治療すれば、治るよ」
ナオは左手をゆきのお腹側面にかざして、刺激しないよう優しく言ったが、ゆきからは嗚咽がこみ上げていた。
「なんで…、もっ、もっと早く…。高リスクだからって、どこも出産予約が…取れなくて。…でも、やっと紹介状もらえて、明日、総合病院へ、って…」
言葉に詰まり、ゆきはわっと泣き伏せた。
それを見た小さな命が、抱きしめるようなしぐさを見せたのを、ナオは愛おしく見つめた。
「たぶん、朔也は全部受け入れてる。そのうえで、あなたをママに選んだってことだと思う」
ナオはゆきの腕を優しくなでながら、
「泣かないで。ママ泣かないでって、朔也が言ってるよ?」
と、なだめるように伝えると、ふっと表情を崩した。
「…かわいい。今さ、朔也もママの手に触れたくて手を伸ばしてるんだよね。お腹を挟んで、こういうふうに、互いに手を合わせてる」
ナオは、自分の両手で親子のやりとりを再現して見せた。
ゆきは涙をぽたぽた落としながら、穏やかに微笑むナオを見た。
ゆきは、そうなんだと思った。今、この子は自らの手を、目の前で見えているように、ぐっと近づけてくれていると。
震える両手で、ゆきは優しくお腹を覆った。わずかでも、朔也の息吹を感じられるように、いとおしそうにそうっと、そうっとさすりながら、朔也の名前を何度も呼んだ。
(…なんとか心音ぐらいは、聞かせられるかな)
ナオはそう思って、ポケットの上からスマホの電源をオンにした。
ゆきの腹部に手をあてて、腕時計の秒針を見ながら心拍数を数え上げたあと、ラボで勤務する結弦に電話をかけた。
電話はワンコールの途中で繋がった。ナオは息をのんだが、
「…結弦?」
呼び慣れたその名はすぐに、口から洩れ出ていた。
「あっ、あかん、ナオ! 電波使うな!」
周囲の動向に気を取られていた紅は、ハッとして声を張り上げたが、ナオは無視して通話を続けた。
「悪いんだけどさ、妊婦さん一人頼みたいんだ。子宮筋腫合併妊娠で十七週、胎児の心拍数は毎分七十弱で低下してる。このあと、彼女たちの乗った特急が三時二十分に東京駅着くから救急車手配して。間に合わないなら、俺が乗るはずだった灰屋の車で乗りつける。すぐ聴診器か心拍計つけて、母親に胎児の心音、聞かせてあげてくれないか?」
ナオが早口に言うと、
『…分かった』
冷静な一言だけ返して、結弦はすぐ、通話を切った。
久しぶりに聞く親友の声には、絶対的な信頼感がのっていて、ナオの胸がぐっと詰まった。
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