第6話 当主のお気に入り

 ナオは、特急列車の最後尾車両の隅に、憮然として座っていた。

 しかし、その姿は他の乗客に意識されることはないない。その隣で護衛する、紅の姿もだ。


「結界で囲っとる。席から動かんでや」

 もぞもぞと動いたナオを、紅はすかさずいさめた。

 ナオはむぅっと顔をしかめると、ジーンズの後ろポケットのスマホを窓枠に置いて、座りなおした。

 スマホの電源は強制的に切らされ、何もすることがなかった。


 間近で見る紅の横顔は、相変わらず綺麗だなぁと、ぼんやり思って横目で眺めたあと、

「結弦とは、どう? うまくやってる?」

 ナオはリクライニングを倒しながら聞いた。


「誰かさんの代わりまで仕事しとるさかい、ワーカホリックや。おかげでデートもできん」

 紅は棘の含んだ言葉を、早口で返してきた。

「…ですよね」

 ナオは所在なく笑って首を傾けた。

「結弦先生は器用だからなぁ…。あっ、あのかわいいお姉さんにビールたーのも。ねぇねぇ、紅さん。結界解いて?」

 前方に車内販売のカートが入って来たのを見て、ナオは目を輝かせて紅のほうを見たが、

「久方ぶりの本家行くんに、道中ビールとは、ほんま、ええ神経持ってはりますなぁ?」

 京美人の笑顔は、冷ややかにひくついていた。


「あぁ~あ、久しぶりのお出かけなのに、美人が隣にいても身動きできず、ビールも飲めないなんて…。つまんない。寝よ」

 ナオはしゅんとして、ヘッドレストに首をもたげた。

「ナオにしては、ええ判断や」

「あ、ところでさ。今、結依ちゃんて本家にいるの?」

「なんや、ついにJKにも興味あるんか?」

 今日は、紅のこの冷ややかな顔を何度見ただろうかと、ナオは少し切なくなった。

「まぁね。結弦の妹なら、綺麗な子に育ったかなって」

「あぁ、素直で可愛らしい子やな。佐助のじいさんが指南役で、夏休み中は本家で修行やて。そやけど、青月当主のお気に入りや。手なんか出したら、ほんま死ぬで?」

「…」

 ナオは紅の言葉を心の中で繰り返した。

 『お気に入り』

 確かに親しい間柄であることは知っていたが、ナオが学生だった遠い記憶の中だ。

 ナオの頭の中がすべて、一旦停止した。

「え…。それって、本気? アリなの?」

 ナオには、結依の印象があまりに幼いまま止まっており、一族トップである当主の隣に並ぶ姿が想像しにくかった。

「青月さんが決めることや」

 冷静さを崩さない紅の顔を、ナオはじっと見た。

(紅さんは灰屋だから、当然当主に惚れてるはずだ。でも、当主に忠実な結弦と付き合ってて、その妹に当主が…?)

 なんだこの、どろっどろ四角関係、と喉の奥まで出かかってやめたが、ナオの妄想はぐるんぐるん止まらなかった。

「うーわぁー…。え~、やっばいね。楽しみ」

 どこまでも緩んだナオの顔から、紅には緩んだ脳内が透けて見えた。

「ほんま、いっぺん、死んだらええ」

 実感の込められた紅の言葉を、ナオは再度、ゾクゾクしながら嚙み締めた。

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