第4話 紅
「え、護衛って、紅さん?」
ナオは驚いて情けない裏声を出した。てっきり、護衛は当主の式神だろうと思い込んでいた。
「うちやと不満か?」
紅は、整った顔をしかめて言った。
灰屋家の長女である紅は、執筆する小説のジャンルに官能とつくことが多い小説家だ。
顔の造形とスタイルは、女優で紅の母・紅焔の美しさを写し取ったようだと評され、その妖艶な容姿から、男性ファンが多い。
「青月さんに頼まれたら、断れん。取材で近くに来とったさけ、帰るついでや。それにしてもナオ、…なんて様や。まず、その上着捨て。GPSがポケットに縫いこまれとる」
「え…」
紅に指を差され、ナオは引きつった笑顔で、思わず胸元のポケットを手で抑えた。GPSは裏地のインサイドポケットなのだが。
「訳ありな女ばっか、連れ込むからや」
紅はまくし立てるように言った後、ため息とともに、軽蔑するような目線をナオに向けた。
「あ~。ははっ…。そう、ですかねぇ…」
ナオの適当な受け答えには取り合わず、紅は部屋を見回した。ずかずかと部屋にあがると、冷蔵庫を開けた。
「だいぶ仕込まれたな。このあたりの酒も、やられとるで。全部捨て。このビールもあかんな」
「え、だからか。足元もたつく…」
ナオの指先は震えだしていた。
「…飲んでしもたんか。解毒するさかい、そこのゴミ箱抱え」
ナオが紅の指さしたゴミ箱を顔前に抱えると、紅は我慢しぃや、とそっけなく言って二本指を立てると、ナオの背中に突き立てた。
おぇぇぇえぇぇー!
途端に、胃の中をひっくり返したように、ナオはゴミ箱に嘔吐した。
「ぉ…ぐぇ…。面目な…ぅっ」
「かまへん。いつものことや」
紅は冷ややかに言い放った。
今回も容赦ないなと思いつつ、ナオは軽くなった身体を揺らして洗面所へ移動すると、水で何度も口をゆすいだ。
口をタオルで押さえながら振り返ると、紅は真剣な表情で二本指を立て、部屋のあちこちに仕掛けられた術を解除していた。
その背筋の伸びた凛とした姿は、うなるほど、美しかった。
「いいね。今日が面談じゃなかったら、ベッドに連れ込むんだけどなぁ~」
「あほ。酒好きの女ったらしなんか、相手にせん」
紅は表情一つ変えずに言った。
「紅さんの、そのつれないところが、また魅力的」
「…いっぺん、死んだらええ」
「ん~。美人作家の辛辣な京言葉は、たまんないねぇ」
紅の吐き捨てた言葉を、ナオはへらっとゆるんだ笑顔で受け止めた。
何を言っても無駄と悟り、紅はため息すらあほらしくなって出す気が失せた。
「それより今日は、よう本家来る気んなったなぁ?」
紅はじっとナオを試すような視線を送った。
「当主のお顔を拝顔しにね。彼、綺麗だから」
ナオは相変わらず、腑抜けたにやけ顔で答えると、無造作に服が詰め込まれたクローゼットを開けて、服を引っ張り出した。
「まぁ、理由はなんでもええけど…。あぁ、あかん、その服もやめとき! あぁ? なんやこれ? もぉ、これにしとき!」
紅は、服を取り出した際に足元になだれ落ちた、大量の書類に紛れた女ものの派手な下着に苛立ちながら、そばあったポロシャツを、ナオの顔に投げつけた。
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