第9話
「蓮……なんでここにいるの?」
1番会いたくて、会いたくない人に会ってしまった。私は蓮にバレないように必死に声を紡ぐ。
「ごめん……雪……俺……」
蓮は今まで見たことがないくらい悲しい顔をしていた。違う……そんな顔させたかったわけじゃないの……。私は蓮に背を向け車椅子を漕ぎ始めた。蓮は私を通せんぼした。
「蓮!どいて!」
と私は自分でもびっくりするくらい声を荒らげてしまった。すると蓮は泣き崩れ私は驚いて蓮の元へ寄る。蓮の顔を見るとボロボロに泣いていて私より先に死んでしまうのではないかというくらい雰囲気も暗く、泣いている。こんな風に泣かせたいわけじゃない。
「蓮、顔上げて。」
蓮は私を抱きしめ泣いていた。冬の寒い風が蓮のぬくもりによって遮られ、暖かいと感じた。蓮はなにも言わずにひたすら泣く。私は抱きしめ返す事しかできなかった。
「ごめん。雪。花圭琉から全部聞いたけん。女バスにも……。」
「そっか……。」
私は蓮を私の病室に連れていき、椅子に座らせるとそこで初めて蓮は口を開いた。
私も正直に病気のことと今の現状を話した。
「雪。俺毎日会いに行くけん。だからここで毎日待ってて。」
と蓮は私の目を見て言った。だけど大好きな人に弱ってるところを見せたくない。
「蓮。それは約束できな……」
と私の声を遮るように蓮が
「俺はどんな雪でも好きやから。せやから傍にいさせてくれへん?いや、なにがなんでも傍にいるけん。雪が会いたいって言うたら飛んでいくし、雪が泣いていたら俺が傍にいるけん。だから……もう1人で泣かへんで。」
あまりにもまっすぐに私を見つめる蓮に私は
「あ……ありがとう……。」
泣いてしまった。蓮はなにも言わず私の頭を撫でる。私も好きだよって言いたい。だけど私はもうすぐ死ぬ……私は蓮の言葉になにも返事ができなかった。
その日以来蓮は毎日私の様子を見に来た。元々男バスは平日は朝練で土日は午前中に終わるから試合以外は毎日朝早くから夜遅くまでいた。私は蓮の存在に励まされた。だからどんなに辛いことでも耐え抜いてみせた。
だけど私の心は元気でも体はどんどん弱くなってしまった。今までは車椅子で移動ができたが、今はもうストレッチャーで検査に行くようになってしまった。病院食は美味しいのに、少し食べると気持ち悪くなってしまい、点滴を打つことが多くなった。体に針が刺さった状態は正直違和感があって仕方がない。トイレに行くのも辛いし、お風呂も毎日入ることができるわけでもない。起き上がるのも頭が痛くて仕方がない。大好きだったバスケと勉強、料理もできなくなってしまった。蓮が病室に来てからのクリスマス。私は病院から退院し、自宅で治療することになった。病院にいるとストレスが更に溜まってしまい、体に良くないということで家で治療することになった。病院での白い天井に白い壁が周りを見渡すとテレビや女バスで撮った写真入れ、お兄ちゃんがUFOキャッチャーで取ってくれたポムポムプリンの人形など自分が使い古していたものがあり、ストレスが軽減される。私は実家に戻らず、一人暮らしをしている家で過ごした。女バスがよくお見舞いに来てくれたり、蓮がいてくれる。家族も私の様子を見にしばらく仕事を休んだり、リモートワークにしたりしてくれて家族と過ごす時間も多くなった。私は寝たきりになる時間が多くなった。瞼が重く、眠気によく襲われるようになった。しかし寝ている時でもみんなの話声が聞こえる。
「雪。今日は雪の大好きな雪見だいふく買ってきたけん。起きたら食べようなぁ?」
と蓮の声。
「雪。今日のお客さん大規模会社の社長だったんだが、上手く契約取れたぞ!」
とお父さんの声。
「雪。また雪が元気になったらUFOキャッチャーで今度はシナモンのぬいぐるみ取ってあげるね。」
とお兄ちゃんの声。
「雪。今日は雪の大好きな芸能人がテレビに出てるよ!」
とお母さんの声。
みんな私が寝ている間に色々な話を聞かせてくれる。私も「すごいね!」とか「ありがとう」って言いたい。だけど私の体は言うことを聞かない。季節はめぐって桜が咲いて私は蓮と一緒にお花見に行った。私は蓮に車椅子を押してもらい川辺の桜の列を見た。
「雪。桜綺麗やね。」
「そうだね。あれ?あそこにあるのは……」
私は黄色の花見つけた。あれはたしか
「フリージアだ……。すごく綺麗……まるで蓮みたい。」
「俺っぽい?なんでや?」
と蓮は不思議に思っている。だってフリージアは
「黄色いフリージアの花言葉はね無邪気。蓮はいつも無邪気に笑うの。」
と私は笑った。蓮は
「俺って無邪気なん?あんま自分では思わへん。」
と笑った。
桜がピンク色の雪に見えたとき
私は二度と蓮のいる世界に戻ることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます