第39話

 「ミリア殿」

呼ばれて歩いていたミリアが振り向くと、そこにはアシャカとダーナトゥが近づいてきていた。

そして、目の前に立つと真っ直ぐに彼らはミリアたちを見つめてきた。

「あなた達は村のために尽力してくれた。とても感謝している。言葉では言い表せない程の感謝をしている。」

ダーナトゥがそう丁寧に。

「いえ、そんな・・」

「まぁ、待て、ダーナ」

「戦士として命を掛けてくれた事、最高の敬意と受け取る。村の総意としての感謝を貴方たちに伝えよう。」

「このごたごたの後で、再度感謝を伝えるがな」

アシャカがミリアに微笑んでみせる。

「つうか、やっぱお前がリーダーみたいだよな。」

ダーナトゥはそのアシャカの言葉に、軽く肩を竦めてみせて口元を緩めた。

「いえ、・・当たり前の事をしただけです・・・。」

ミリアはそう・・・。

「・・何か言いたげだな、ミリア殿は」

アシャカは目を細める。

その目を受けて・・、少し俯くミリアは口を閉じていた。

でも、アシャカもダーナトゥも、ミリアが口を開くまで待っていた。

・・・だから、ミリアは口を開いた。

「――――村の人、5名を、・・・5人が死亡しました。それに重傷者も1人出てます。」

「・・その事か?」

「・・はい、その事です。見張っていた2人、私についてきてくれた4人です。・・・私は・・、」

「ミリア殿」

アシャカがミリアの言葉を遮った。

ダーナトゥは静かに口を開き、落ち着いた声音で言葉を静かに述べ始める。

「覚悟はできている。戦いで死ぬ。それは死んだ者も知っている。覚悟はできている。だが生きて帰れる者もいる、それは奇跡だ。・・奇跡は、生きる事を喜ぶ。生きて帰った者たちを喜ぶ。精一杯。人が死んで泣くのは赤子だけだ。」

「・・・・・・」

見つめるミリアへ、アシャカも口を開く。

「村の子供さえ泣きはしない。死んだのが父親であってもな。泣くなら、笑え。生きて帰った者たちと共にな。・・・ふははは、」

突然笑い出したアシャカにミリアはぴくっと、不思議なものを見る視線を送る。

「すまんな。可笑しくなったんだ。共に戦った戦士に、赤子に教える言葉を伝えたのがな」

「赤子、ですか・・」

「心が赤子に戻る。という言葉もある。」

って、ダーナトゥさんは。

「・・えっと、」

「気を悪くするなよ。したなら謝る。だが、喜ぶ人がいても悲しむ人はいない、この村には。そういう村だ。それを伝えたかった、な、ダーナ」

「そういう事だ」

悲しい事があって、それに泣かない人なんて、いるはずが無い。

けれど、人前では涙を見せずに、笑って乗り越えていく・・・そういうことなのかもしれない。

それに・・・戦士には、敬意を。

それが幼い頃からの、ここの人達の心の奥底から溢れるような力の源である・・・のかもしれない。

アシャカとダーナトゥの穏やかな笑みは、決して大笑いしているわけじゃないから。

ミリアは・・・小さな声が漏れる。

「そう、か・・」

「何か言ったか」

「いえ、・・・その言葉、受け取ります。」

ミリアは微笑むような、はにかむような、穏やかな表情を湛えてみせる。

ダーナトゥは一つ頷く。

「そうか」

「機嫌が直ってなによりだ」

アシャカは笑顔でミリアに応える。

「それでは村の方へ戻る。他のドームから来た方々と色々やる事があるらしいからな」

「はい、お疲れ様です」

「ミリア殿たちもな」

彼らはガイや、ケイジやリースたちも見たようだ。

ガイは敬礼を、ケイジは会釈を返したようになるが、リースは眠い眼をはっと少し開いてた。

悠々と歩いてフェンスの中へ、村へ帰っていく2人を、ミリアは見つめていた。

その後ろ姿は大きくて、堂々としていて――――。




 捕り物から戻ってきたらしい、先ほど動いた軍部の大型車両1台と、異なるカラーリングの軽装甲車2台。

日の下で見れば、片方の白色を基調にした車はミリア達の軽装甲車によく似ている。

その白色軽車両から出てきた中に見知った人間を見つけたケイジは遠いながらも駆け寄った。

「よ、調子どう?」

「お、ケイジか?お前らも来て・・・あ!お前らか!?先に来てたってのは・・・!」

「まあな、昨日の夜から徹夜だぜ」

「はっは、妙なテンションだろ。おつかれ。俺たちもいきなり夜中の招集だからな。かなりびびったわ。まぁ、車ん中で寝てたけどな」

「ぜんぜん楽じゃねぇか。」

「オレは繊細なんだよ。車ん中なんて薬飲んででも熟睡しなきゃいけないんだよ。そんぐらい繊細」

「それ図太いのか?」

「うるせ。でもまぁ、早く仕事が片付いたのは良かったな」

「・・あぁそれ。えーと、けど、なんだ・・?」

ケイジが考え込む素振りを見せる。

「あんだ?モジモジしてんのか?」

「なんだよ。いやまぁ、眠いっちゃ眠い・・。あれだ、なんだっけ・・??グラ・・?アラア・・?みたいな?名前のナチュラル・・」

「ナチュラル・・?あれか?無線で聞いたぞ。軍の方の隊がゲリラを押さえる時にいたって。ナチュラルが。」

「そいつか。どうなったって?」

「恐らくナチュラル1人だけだ。暴れようとしたらしいが、すぐ取り押さえたってさ。」

「はっ、速攻かよ。」

「らしいな。まぁ、軍だしな。えげつない事してでも迅速に・・こんな所じゃまずいか・・」

周囲が軍部の隊員でしか溢れていないのに気付き、口ごもる白いアヒルだ。

「EPFも来てんのか?」

「さあな。特能対策は充分だってんならそうかもな?」

「ふぅん。そうか・・、よろしく言っといてくれ、んじゃな」

「誰にだよ。EPFにかよ」

「ナチュラルに」

「話せるかよ。知り合いか?」

ケイジは肩越しにびしっと指を指してから、後姿を見せて手をわきわきと振りながら去っていった。

「なんだ?」

そのナチュラルと本気で知り合いかよ、と疑問を声に出したかった彼、ラッドだが。

既に行ってしまったケイジの後ろ姿に、その友人は訝しげな表情を向けていた。

あのナチュラルを取り押さえたのはいいけど、軍部が連れ帰ってあいつ生きてられるのかね・・・、と、ある事無い事、色んな噂を聞く軍部のやり方に思いを馳せる。

まあケイジとあいつがどれくらいの知り合いか知らないが。

ぶらぶらと歩き始めた、軍部の奴らが仕事している中を。

とりあえず、集合がかかるまでどうするかね、と考える前に眠気が出てきて、あくびをしていた。




 村の家屋の日陰でパイプ椅子に腰を落ち着けて座っていたケイジが顔を上げると、さらさらとした金髪をそよがせ目を細めたリースの顔が見える。

「・・ねみぃな。」

ケイジがリースへ声をかけたのか、ただ聞こえるような声で呟いただけなのか。

・・そう、リースはケイジを見ながら何気なく、傍の家屋の壁に背中をよっかけ、ケイジと同じ方向、同じ景色を眺める。

そのフェンスの奥の景色は、軍部の団体が駐留している方面とは逆で、騒がしさが無い、―――――ただ風が砂漠の砂を連れて舞い上がるのが見える景色だ。

戦闘の傷跡も少ない、いつか昔の跡だ。

並んだ家屋の形、木と金属のスクラップが混ざり合った見た目、ぼろっちい鉄くず物たちが置かれている。

こんな時なのに、誰かが扉を開けたのか、柵の中では羊たちが闊歩している。

あれ、山羊だっけ?・・・山羊か、メレキが言ってたな・・。

・・・ひなびた光景ってやつだ。

そう数日前から見ていた・・このブルーレイクの本当の風景。

妙に、・・眺めようと思っていた・・・心の中に覚えておきたかったのかもしれない。

・・・ケイジはふと思い出し、呟く。

「・・リース」

言葉遊びのように。

発音のどこか違う・・いつもと違ったような『リース』と呼ぶ響きに、リースは何気なく間を置いて・・・。

それから、応える。

「呼んだ?」

「ぁあ・・。・・・またやったってな・・?」

「・・あぁ、その話・・・」

思い当たるリースは、こういう所を、・・ケイジのこういう所をまだよく理解できずにいる。

無言で、腕を胸の前で組んだリースは簡潔に応える。

「そういう作戦」

「・・そりゃ、わかってる、けど、な」

いつまで経っても、ケイジが納得する事なんて無いと思う。

「僕が、やるなら、ああなる。・・ケイジみたいに速くて、力で倒して、とか・・、僕はそんな事できない。僕がやるならこうやるしかない」

「・・標的は必ず殺すか?」

「・・・始末しないとね。」

リースが感情的になることは滅多に無いが、表情でなく、変わらない口調でのリースの指摘・意見でわかるものは、ある。

今は、微かだけれど、リースがむっとしたらしいのをケイジは少し感じた。

「・・・」

リースは眼を閉じる。

ただ、地面をじりじりと焼く太陽の光が、ケイジにだって眩しい。

「・・ただ、僕の能力がこういう事でしか生かせないっていうのは、僕自身も知ってる」

「ああ。お前、俺よりもずっと強いしな」

「・・それは、・・・」

リースは瞳を開けた。

両目の碧眼が地面の砂を見ているが、言いかけた続きを言わない。

「ん?」

ケイジの催促。

「だってお前、ずっと俺が勝ててねぇじゃん。」

「・・ま、そうだけど。」

リースはそう言って、何か言おうとした言葉を押さえ込む。

「はっきり認めんなよ、」

ケイジは呟くように告げる。

リースがちらりと見る・・・ケイジはずっと遠くを、遠くの景色を見ていた。

「・・事実でしょ?」

リースもそう呟き、遠くの景色に目を移す。

その呟きがケイジの耳に届いたかわからないが。

村人たちの喜び溢れる姿が1人、また1人と、彼らの眺めていた景色にまで入ってくるようになっていて。

笑って何か話している・・・親子か、父親と息子・・・。

「まぁな・・・」

それが在る風景を眺めていた。

2人の間に続く言葉は無く・・・話した内容さえ・・まどろみと、砂漠の微風に溶け消えていく――――。

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