第33話

 ―――――その時、ケイジは前方の異変に気付きつつある時だった。

遠くから黒い、高さ3mはある黒い塊が向かって正面から突っ込んでくるのをスコープに捉えていた。

そしてそのフォルム、さっき見たフェンス際に並んだあの大型のトラックと似ている。

と言うより、間違いない、同じものだ。

既に敵の進入を許した事を瞬間的に察知して、ケイジは舌打ちをする。

駆け跳んでいた足を踏ん張り、身体の移動にブレーキをかける。

足の甲に砂が積もっていき、2秒にも満たずに止まる。

「トラック、トラック・・」

ケイジは口の中で呟きを繰り返す・・・。

グロロロロ・・・―――――と遠くで車が鳴っている。

トラックのエンジン音、砂を弾き飛ばし進む音が次第に聞こえてくる。

超重量の金属の塊がそれを動かす強大な力と勢いが、正面から突っ込んできている。

ケイジは担いでいたアサルトライフルを前へと構え、カチャリと安全装置を外す。

確か、オート射撃にしていたはずであるのを指の感触で確認した。

「トラック、トラック・・・、・・トラックといやぁ・・」

倍率を一倍に戻したスコープにもトラックのフォルムがはっきりと映し出されるほど近づいてきている。

――――ケイジは一つ跳び、正面のトラックへ突っ込む。

トラックに充分届かないような距離へだ。

砂を飛ばし二つ跳ぶ前、ケイジは着地する前から、突進してくる鈍重なトラックの左前輪にライフルの狙いをつける。

軽く引き金を引くと十数発の弾丸がトラックの左前輪に、火花を散らして襲い掛かった。

着地の己の体重と、ライフルの反動を上手く相殺し、体勢を崩すことなくトラックとの距離を余裕を持って右へ跳ぶ。

余裕と言っても距離は、すれすれ5mといった所だが。

ケイジは横に低く跳んだ後、空中で一回転体勢を立て直し、あくまでトラックを前方に捉える。

そして砂の上に寝転がる格好で、狙いを定める。

そしてオートでの連射を放つ。

狙うのは左後輪。

閃光の如く火を吹くケイジのライフルはトラック左後輪付近の火花を刹那に創り上げる。

ライフルの火花が消えた頃、ライフルから伝わる振動が温いものとなった。

弾が切れた。

硝煙と焦げた臭いが充満している中、トラックは左に傾き曲がっていき、ギュルギュルギュル・・っ・・!!と砂と摩擦するタイヤの音を出しながら止まった。

「やっぱ、タイヤだな」

ケイジは一人頷いた。

「かぁあああ・・」

突如、視界外、ケイジの右側から何かが聞こえた。

ケイジは瞬間に反応し、右を向く。

砂上に腹ばいのケイジの低い視線で、20mは遠くに人が立っているのが見えた。

そいつはゆっくりとケイジに近づいてきているようだが、

その人影、人としておかしくも見えた。

――――上半身が盛り上がった筋肉の、何より暗視スコープでは真っ白にぎらぎら光る眼光が、おかしい。

ケイジは反射的に跳ね起き立ち上がっていた。

なにより、そいつが俺を見ているということに対して、あいつを見なければまずいと、本能的に感じる。

―――ブロロロ・・っ・・と、砂を踏みしめる音が始まる。

音のした方、左を見ると今しがた急ブレーキをかけたトラックが走り始めていた。

ぎ・・・っと歯を噛み締めたケイジは、『そいつ』に構わず、トラックへと跳んだ・・・!

2、3歩、跳ぶ度にその瞬間だけで爆発的な加速度を生み出す、充分速度に乗ったケイジの左拳が突き出し、トラックの横腹へと衝突した・・!

ゴアッシャ・・!!・・と、トラックの装甲がへこむ、鉄板を仕込んだ分厚い装甲だったらしく、衝撃でトラックがバランスを崩した。

だが、それでも足りない。

その感触でわかる、ケイジは感覚でわざと逃した突進の余力の勢いで、左拳の一突きを支点にトラックの上方へと飛び上がる。

トラックは片輪が浮いた、ケイジの衝突で横にぐらつく、しかも走り出していたトラックは既に運転のバランスがおかしくなっている。

そして、狙いを付けたケイジはそのまま落下してきた、右足をトラックの上向きになった右側から蹴り込んだ。

ガインっ・・!と金属音同士がぶつかる音を出し、トラックは大きく傾いてた所の止めの一撃に、超重量が倒れ込んだ。

ギャリギャリギャリギャリ・・・!!・・っと砂と金属を思い切り擦り上げるながら横転したトラックは、衝撃で引っくり返った。

「――――ッカ!!」

突如の奇声か、ケイジが振り向く前に目の前に付けていたスコープが吹き飛び、ケイジの眼は暗闇で染まる。

咄嗟に、ケイジは後ろへ大きく跳ぶ。

嫌なにおいを感じた、しかし、暗闇での方向感覚、空中での間隔が狂っており、わけもわからずに着地は尻をついた。

そのまま勢いを殺さずに後ろに一回転し、四肢を地面に着いた状態で状況を知ろうと警戒する。

目を凝らせば何とか、何かが見える程度、月のお陰でもあった。

そして、急速に接近してくる何かが視界に入り、再び咄嗟にケイジは転がり、砂上から跳んだ。

上空から見下ろした、ケイジが今までいた場所に飛び込んできたのはあの異様な人影、悪寒が走るような異形のなにか。

太い右手を振り下ろした格好で、銀光の眼で・・上空のケイジを睨みつけている。

・・1歩、2歩と跳び、遠くに着地したケイジは、その人影から目を離さない。

最初のスコープが飛ばされた一撃、瞬間的に、身を引いていたため、スコープが掠った程度で済んだのかもしれない。

顎を伝う何かを感じて左手をやると、手に液体がついた感覚がした。

どうやら、スコープだけじゃなく、頬の辺りも軽く切ったらしい。

「あんな肉食獣いねぇよな。・・特能力者かよ」

吐き捨てるように言ったケイジ。

だが、その顔、今までに無く、張り詰め、・・・僅かにでも引きつっていく口端が、笑みさえも浮かべていた。


「グレアっ!!」

その大声に反応して、その異様な人影がケイジから目を離し、倒れた車両の方を見た。

ディッグ野盗の数人が車の中からわらわらと脱出し始めたようだ。

「俺たちはどうする!?」

その中の誰かがあいつに大声で話しかけている。

「行け」

怒気を孕んでいるかのような、どす黒い低音がケイジの耳まで届いた。

響いてきたという感じでなく、腹の底が震わされたような感覚。

人間にそんな声が出せるのかというほどの奇妙な声。

――――ケイジがはっとして、振り返るとその声を聞いて走り出そうとするディッグ野盗の奴らが見えた。

追いついて吹っ飛ばしたい所だが、前に立ち塞がる『あいつ』を無視しては行けなかった。

というか、ケイジ自身が無視する事ができない、と言うのが正しい。

狂気染みた殺気が辺りに充満していて、ケイジ自身当てられたかのように、心臓の鼓動が激しくなっている――――。

ぱァンん・・っ・・・!!!

銃声が反響した。

反射的に辺りを見回すが、それらしきものは見えない。

パン!パァンん・・・ッ!!

続けて2発―――村の方か?

ひゅっ・・と弾が飛ぶ音が遠い、こっちは狙われてはいない、弾が飛んでくる感じじゃあない、暗闇で俺が見えてないのか・・・?―――――

トラックから出てきた男が1人撃たれるのを認めた――――向こうか・・!村の方、援護か!

そう直感したケイジの耳に、さっきとは打って変わって甲高い声が届く――――。

『ケイジ!?来た!ダーナトゥ隊の所と村には入れさせない!あの車両から釘付けにする!そっちの状況は!?』

ミリアの耳を劈くような声。

だが、それはとても心強い援護だ。

「あっち側に1人特能がいるっぽい」

『え!?』

「ナチュラルだ、だが、相当やばそうな奴だ」

『・・それは任せてもいいの?』

あのぎらぎらした眼の異形の男、ケイジが目を離していないそいつは、ずっと村の方角を見ている。

突然の伏兵にあいつは脳みそをフル回転させているんだろう。

「・・ぁたりまえだろ!!」

『・・おーけい、何かあったらすぐ連絡すんだよ!』

そう思った瞬間、『あいつ』は車両の方を無視し、村の方へと駆けた。

その速度、物凄く、速い。

やべぇと、思ったケイジ。

ケイジは、そいつを追いかけ大きく前方に跳んだ。

かなりの速さで跳んでいる筈だ。

ケイジ自身、焦っている。

すぐには追いつけない。

奴は50m近く距離がある筈の村の敷地内へ、数秒もかからない内に飛び込んだ。

前屈みに走る奴の姿は、最初の印象の通り、獣を思わせる。

それも獲物を見つけた時の肉食獣が、スピードに乗った走りの。

それが、余計にケイジに焦燥感を与えていく――――。

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