第34話
――――ダーナトゥ隊方面への進路、村方向への進路。
第三波の攻撃ルートは両方とも塞いだ。
少なくとも索敵は充分できるし、この位置、村中のバリケードの暗闇の中から、あの新手の倒れた車両付近から離れようとする敵を射撃できる。
しかも、敵にこちらの正確な位置を知られないだろう。
辺りを見回せば、指揮下に置いた3マンセルの3チームが適当に間隔を置いた異なる位置に身を潜め車両を狙っている。
これならば簡単には車両の敵はあそこから動く事はできない、釘付けにできる。
きっと、さっきケイジが撃ったライフルの連射音を聞きつけて、集まった彼らの素早い行動だ、戦闘員として心配なく頼りにできそうだ。
状況を整えたミリアが次の事を考え始めた瞬間、ミリアから見て右隣に張った3マンセルが何かに警戒するような様子が、暗視スコープの中に見えた。
ミリアは彼らを注視する、・・・1人、背中から血が破裂したように噴出した。
そして、何処からか現れた異様な人影を見た。
盛り上がった肩周りの人影を見た瞬間、2人目が首を裂かれ膝を突いた。
素手での手刀に見えたのに、血が出たのだ。
ミリアはその瞬間、反射的に腕の中にあるアサルトライフルを肩に当て狙い構える。
標的は当然、その異様な人影。
覗き込んだライフルのスコープの中では3人目が地面に顔面を打ち付ける瞬間だった。
彼はその顔面の強打を最後に動かない。
刹那、標的と照準が合い、トリガーを引いた。
タゥンッ
ミリアの
――――しかし・・、その人影は尋常でない速度で村の方へと跳ね、砂の上を転がり、四肢で張って止まった。
ミリアの弾丸は余裕を持ってかわされたと判断する。
その人影は張ったまま辺りを警戒している。
弾の出所を探しているのか、他の獲物を探しているのか。
あれが、ケイジが言っていた能力者か?
もしくは新手の能力者・・?それは、ヤバい。
その人影の存在について一通り考え終わる前に、更に奥から黒い物体が人影へと急襲をかけた。
その特能力者を追って来たのは、『ケイジ』!
そう直感したミリアは、ケイジと対峙するあの能力者への
「指示出して、このまま配置を維持。横転した車に敵を釘付けにして」
「了解」
2つの人影が高速で動くのを、・・照準の中心で追い続けるミリアは、一息を深く吸い、深く吐く・・・――――。
―――――ダッパァっ・・・と全体重で踏みつけた砂が混じった土が陥没する。
狙ったあの『獣野郎』は地面を転がり避けやがった。
逃げた左方向の奴を目尻で捉えながら、跳躍して距離を空け相対する。
既に地面に屈んだ『獣野郎』が態勢を整えていて、こっちを睨みつけている。
「さっきからっ、うぜえぇっ!!」
奴が叫ぶ。
「んだ・・?」
「俺の邪魔をする奴ぁ、ぶっ殺す!」
「んだよ、来いよおら・・・」
ケイジが言い終わらないうちに、奴が機敏な動きで体勢を更に低くした。
ヒュンッ・・
空を切る音がケイジの耳にも届く。
奴の身のこなしはケイジに襲い掛かるためではなく、何処からか飛んできた銃弾を避けるためだったようだ。
「うっぜえ!!」
吼えたその獣は更に村の奥へと駆け込んでいった。
「弾ぁ避けんのかよ・・・しかも逃げんのかよ・・」
ケイジも再び奴を追い、跳躍する―――――。
――――離れた所で狙い撃ったミリアは二度も外した事を、いや、避けられた事に、口元を閉めた、緊張の面持ちをしていた。
だが、どうしようも無い事は頭ではわかっている。
後はケイジに任せる。
そう、強く自分を言い聞かせ、当初の目標だった車両周りに潜む敵に注意を戻した――――。
―――――町中を突っ切って走る異形の男。
獣が疾走するが如く男のスピードに何とか追い縋っていたケイジだ。
が、突然、あいつが跳躍し、ある一軒の家屋の屋根へと男は一跳びで上がった。
ケイジは男を警戒し、距離を充分に空けて着地した。
「ッッッカアアァァッ!!」
およそ、獣の咆哮の如く、鬱憤している
歪な屋根の上で月夜を背にしたその男、顔こそ見えないが銀色の眼光が更に異様な存在感を放っていた。
――――悪魔が、村にやって来た。――――
ケイジはその男に声を張る。
「お前、能力者か」
「・・ッカ・・、のうりょ、くしゃ?何のことだ?」
――――悪魔が・・・、・・・のう、りょくしゃ?――――
「けっ、完璧、
この男、麻薬をやってるかもしれないと、ケイジは思う。
「オレのコレ、か?これが、のうりょくとか言ってんのか?」
喋りのろれつがおかしいのは能力の所為か、麻薬の所為か・・・。
「おつむは生きてるみたいだな」
「ケッ、オマエは驚いてないみたいだ、な、オマエもなれんのか、こんなな、テンション高くヨ?」
「・・俺の場合は、テンション高くなんねぇでも、強いぜ?」
「・・っひゃはっはっひゃ」
――――悪魔が笑っている。・・でも、その本性が――――
・・月の薄明りに見えるその姿、風に荒立つ長髪に逆立った部分に、獣のような長い耳が見えた気がした。
そして、腕に鋭い爪。
獣の牙のようにぎらりと、光ったように月明かりを反射した。
・・半透明なのか・・?・・薄く透き通るような・・・よく見えないが、その長めの鋭爪ならば、獲物を切り裂くのに難儀は無さそうだった。
「・・・だぁあく・・っ・・ダーク、ネイビ、グレア・・・」
「ん?」
「っつったら、この辺でも有名だと思ってたんだがよぉお」
『ダーク・ネイビ・グレア』っつったのか、こいつの名前か・・・?
「・・知らねぇ」
グレアと名乗ったその異形、随分と昂ぶりが落ち着いたらしく、最初に比べて発音に違和感は無くなってきていた。
「・・・んじゃ・・、死にゃぁわかるだろ?」
歯を食いしばるように、笑ったのか・・・言うことは物騒だが・・・。
――――・・ケイジさん・・・――――
グレアは立っていた屋根の上から跳躍し、まっすぐケイジへ飛び掛ってくる。
ケイジは構えたまま後方へ跳ぶ、距離を取るように、だがグレアの突進が目の前で両手が大きく開いた瞬間、加速度を増したケイジが横へ跳ぶ。
空を斬るグレアの両爪、刹那が追いきれなかった・・・グレアがケイジの逃げた先を睨みつける。
その着地、衝撃を感じさせず、グレアはケイジ目掛けて地を駆ける。
しなやか過ぎる筋肉、一気に距離を詰めてくる。
あまりの速度に、ケイジは肝を冷やす――――顔面に繰り出されたグレアの右爪をすれすれで避けた、地面を高速で蹴り出し捻った身体で回転した右肘撃ちを食らわす。
グレアの無防備な肩に当たった肘鉄は、盛り上がった硬すぎる筋肉が、岩に肘を当ててしまったぐらいの感触で返って来た。
ぎりっ、と歯を嚙み締めたケイジはグレアの右爪が薙ぎ払う2撃目を横の大きな跳躍で避け、距離を開ける。
さっき当てた肘が、じんじんする痛みを感じながら、体勢を整えようか・・と頭に過った瞬間に、グレアがすでに距離を詰めている。
早すぎ・・っ・・、とケイジは心の中で毒づく。
グレアのその右ショルダータックルが、ケイジの胸腹を襲う。
咄嗟にケイジは左肩を差し出し、ショルダータックルに当てる。
ガインっと、奇妙な衝撃音と共にケイジは吹っ飛ぶ。
宙で、体勢を立て直す事ができずに、ずざああぁっと砂の上を滑った。
その滑りの勢いが弱った時、ケイジは半身を返して、四肢をついた体勢へ砂上で整える。
グレアは追ってきていない。
思った通りだ、追って来れなかった。
ケイジの左肩との衝突でグレアも痛みを覚えたからだ。
そして警戒もしているか、グレアは忌々しげにケイジを睨んでいる。
それを見て取ったケイジは、仕掛ける・・・!
一つ跳び、前方に低くケイジはグレアとの距離を一息に縮める。
その驚異的な加速度にグレアは眼を見張る。
二つ目の跳躍で、ケイジは左腕を中に引き込み、両足で溜めた力を伝えた。
そして、グレアへ目掛けて左拳を思い切り突き出した衝撃を当てる・・・!
ボシュウっと音が、掠めたグレアの左頬を焼いて、左拳が後方へと飛んでいく・・・まだだ、突っ込んだ勢いのまま力を込めたケイジの二撃目、左肩がグレアの顔面を強打した。
その衝撃に首が持っていかれそうになり、・・吹っ飛ぶグレアの身体。
たまらず転倒しそうになった、だが、何度も横転した後、片膝を付いたグレアは、ケイジを殺気の篭った眼で睨む。
ぎらぎらとした銀の眼光が更に激しさを増していた。
――――すごい・・・、すごい!悪魔を、悪魔を跳ね除けれるなんて・・・!―――
宙を跳んでいる間も、横目でそれの挙動を見ていたケイジは3歩目で、ガリガリガリ・・っと片足、そして反転しつつもう片足で地面の砂を削りながら、グレアを正面に捉えつつブレーキをかける。
―――ケイジさん!すごい・・・!すごい!ケイジさん・・!・・!?――――
再び相対したグレアの口の端からは・・牙のようなものが見えていた。
さっき消えてたな・・・。
不安定だな、とその牙を確認したケイジはグレアから目を離すことをしない。
「・・・ギっ、グッ、・・ッハ・・」
・・グレアから嗚咽のような、漏らす声か・・・怒りが限界を超えたかのような、奇音が聞こえ始める・・・感情が暴れている・・か?
「グッ、・・ハッ、ッヒャッハッッシャヒャ・・・」
かろうじて・・・グレアが、笑い始めたんだという事がわかった・・・―――――。
――――――リース、応答を、リース、応答を」
『リースです。ミリア?』
「そろそろ頃合だけど、いける?」
『敵の位置は大体把握した。任務の遂行に支障は無い』
「わかった。では、今より行って下さい」
『了解』
「・・くれぐれも気をつけてね」
そう告げて、ミリアは耳元の通信機の接続を切り替えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます