第31話

 何気なく、・・・いや、そうじゃなかったのかも・・、何か感じたのかもしれない・・・。

村を守る警護の人たちに、『何かあったら、何でもいいすぐ報せろよ』と言われ、渡された無線機は少年の誇りだった。

重い無線機を腰に引っ掛けながら、明かりを点けない暗い避難壕の中、入り口で外を一所懸命に見張っていた少年が。

・・・少年が・・村中の、誰かの家の側を走る何かを見つけた。

それは、家の軒先の弱々しい火の灯りの側を駆け抜けた・・・、一瞬、人の形が浮かび上がる。

なんだ・・『あれ』・・・――――月夜の暗闇の大きな影は、人と同大くらいの、そして、嫌な、ぎらつくような、背筋が思わず小刻みに震えた、奇妙な色の眼が、そこにあって・・・以前、見た・・肉食の獣、狼の・・・。

それが、その異形が、ぴたりと止まる。

・・・何かを探すように、立ち止まる・・。

――――息を呑んで、少年は・・・その狼を・・獣を見つめていた・・・。

辺りを周到に見回し・・済んだのか、その異形は前傾になり、加速し一瞬で走り去っていってしまった。

・・・少年は、・・あれが何だったのかわからないが。

・・この村の非常時に紛れ込んできた『悪魔』だと感づいた。


・・はっと思い出した、少年は腰の無線機を手に取った。

手が震えていた。

凄く、震えていた・・・――――



――――アシャカが腰につけていた無線機が声を受信する。

『ザザ・・カさん、アシャカさん・・・応答を・・ザッ』

「どうした?」

『ザッ・・よくはわからないんだが、『守り砦ブァハト』から村ん中で何か人のようなのを見たと言っていて、ただ、混乱もしているようだ』

「伏兵か?侵入されたのか?」

『わからない。人を見たと言っている・・ザザ』

「わかった、聞いてたな見張り、異常を見つけた奴はいるか?」

アシャカは少し待つが、複数人が聞いている筈の無線からは返事がない。

アシャカは・・それで、次の指示を出した。

「今すぐ点呼しろ」

『グレイズ、異常なし』

『ウィスディ、戦闘中』

『クロッソ、同じく戦闘中だ』

「・・・・・・」

数秒待ったが、順番の1人の声が無い。

「バブ、おい、応答しろ」

『・・・ジジッ・・・・・・』

微かなノイズしか無線機からは返って来ない。

「おい、バブ!・・・ちぃっ!3つ目かよ!3波だ!第3波だ!ミリア!行ってくれ!」

『了解』



―――――ちぃいっ・・・」

暗闇に舌打ちの音が微かに動いた・・・・今しがた・・・首を刺して殺した2人の男の、その内の1人が懐に持っていた無線機、そこから聞こえる会話から敵が異常に感づいたのを知って。

男は舌打ちをした。

・・男が両手に持った2つの無線機、左側の、自前の無線機に向かって苛立った声を当てる。

「早く来い!ちんたらすんじゃねぇ!この野郎!」

『・・ザザッ・・向かっている。すぐに着く』

彼は再び苦々しげに強く舌打ちをした。

見張りと思われる2人を殺す前から既に連絡を入れておいた、だが、2人を殺してから残りがいないか周辺を軽く捜索した後でもまだ奴らは来ていない。

鈍間のろまが・・」

男の邪気は膨れ上がって行くかのように―――――――


―――――ひどい――――

血を噴き出し・・倒れている2つの死体、肉が鋭利なもので裂かれた傷跡が複数付いている。

胸から大きく斜めに、脇腹から脚にかけて、他にもいくつもの傷跡があるはず・・・。

だが、垂れ流れる血で纏う服が染まり、どこを切り裂かれたのかすらも判別できない。

そして、そんな事を知っても、既に意味が無い。


―――――こんなひどいこと、なんで・・・――――


彼はあのフェンスの外のやつらを今か今かと待つ、うろつき・・だが、これほど性に合わないものはない。

腹が煮えくり返る怒りを隠す事さえしない、その荒い気性・・・それは、彼の・・肉体、・・外観さえ変えていく。

長い髪が、より所々逆立ち始め、筋肉質であった二の腕など体躯が更に盛り上がっていく・・・骨格が・・尋常では考えられないほど筋を深くしすぎた筋肉の暗影模様を曝け出していく。

彼の体躯が筋肉の変化によって、より前屈みに姿勢を矯正されていく・・が、何より彼の険しく歪んだ顔、その眼の目尻は一段と釣り上がり、闇の中で銀色の鈍い光を歪ませた、ぎらぎらと放ち続けるようになっていた。


―――――・・あくま・・・――――――――


瞬間、フェンスの一角が赤黄の炎を吹いて爆発する。

鉄くずが吹き飛ぶ轟音の中、更にその炎の中へと黒い大きな塊がフェンスを突き破り、ガタガタと車体を揺らしながら突っ込んでくる。

引っかかった鉄くずを車体が引きずる音と共に、残る装甲車両の1台がフェンスの内側へと進入してきたのだ。

離れて1人立つ、異形と成り果てた男はそれを見て、火を撒いて突進してくる車両を背にする。

撒き散らされる飛び火、鉄くずの散乱、それらの破壊で満たされた景色は、今更ながら盛大な戦初めの轟音として、異形となった男の狂気に拍車をかけていく。

――――――悪魔が、混迷につられてやってくる――――




 ――――報せを聞いたミリアが声を機敏に飛ばす。

「ケイジ!出番!」

「俺か!?」

やたら反応よくケイジは振り向く。

「ダーナさんの防衛域からこう時計回りに迂回していって!きっと出くわす!でなければ連絡を入れる!いい!?」

「おうよ!」

手ぶりを交えたミリアの説明にケイジが威勢よく反応したのを認めてから、ミリアは辺りを見回して任せられる手筈の人員、壁から動き始めた人員を確認する。

「3波出る!3波出る!地点へ急げ!」

ミリアは無線機へ声を出しながら、チームのみんなの様子も素早く見回しながら肩に掛けたライフルを左手で抱え込む。

ケイジが弾の入った袋を背中から下ろし、カウォとリタン2人の方に放る。

ずしゃっと袋の中の弾が崩れる音と、その重みで土が陥没した。

「出くわしたやつらをヤりゃぁいいんだな!?」

「そう!行って!ケイジ!」

「おう!」

勢いある返事と共に、ケイジが大きく跳び出す。

「あ!ヤるんじゃなくって・・・!・・」

その姿がすぐ離れていくのを目で追いながら、そしてミリアが呻く。

「あぁ・・・・・」

ケイジが跳び出したのに合わせて敵が発砲する。

「当たらなければいいんだけどさ・・後ろから回り込むとかして欲しかったな・・」

距離があるからそうは当たらないし単発だが。

ミリアのそんな呟きがケイジに聞こえる筈もなく、地面から跳ぶたびにスピードに乗り、闇の中に消えていった。

そのケイジの跳んで行った方向を呆然と見つめる・・・新入り2人のカウォとリタンだったが・・。

驚愕しているのも無理はない、目を丸くしてる表情の2人の肩へ手を伸ばして、パンパンと叩くミリアは。

「カウォ、付いて来て。カウォ以外の3人はここで待っててね、後で指示出すから」

「おい、隊長」

暗視スコープを装着しているガイがその指示に反応してやや声を荒げる。

目の表情はわからないが、ガイにしては珍しく指示に不服な様子だ。

ガイの方を見たミリアがすぐに左横へ顔を向けた。

それは何かに感づいた様子で・・・。

ガイがその視線を追うと、ミリアが何を見たのか納得する。

7人ほどの仲間がチームを離れて、村の中心へと移動して行っているのである。

なるべく素早い足並みで。

「指示は後で出すから」

ミリアはスコープの右こめかみ辺りを人差し指でコツコツと小突いて見せた。

口元でにっとミリアは笑うと、壁にしている壕を背にして走り出す。

指示通りにカウォもそれに続く。

ガイはその後姿をずっと睨んでいるようだったが、間を置いて、顔を背けた後一息、溜め息をついた。

「ガイ、大丈夫?」

リースも珍しく声をかけてくる。

「んぁ、どうした?」

聞き返されたリースは口ごもったのか、ガイを見ていたが。

「ん、いや、・・何でもない」

「大丈夫だ。言われたとおりに指示を待たんとな」

そうして壁を背に、相対している敵の様子をまた伺うガイ。

リタンはその頃、弾の入ったリュックを背負い終えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る