第30話
夜の静けさの中、瞑想しているかのように、両目を閉じていたダーナトゥは銃声を耳に聞き目を開いた。
村長宅の入り口の段差に腰を下ろしていた、・・ダーナトゥは立ち上がり、東、アシャカの隊が向かい敵と相対したはずの方角を無言で睨み付ける。
「・・・・・・来た・・」
隣にいたカリャリとドーアンの内、ドーアンが強張った声でそう言った。
遠い微かな発砲音はここまで聞こえた。
緊張の面持ちを湛えた彼らにはその言葉の先を添える言葉も無い。
『ザザっ・・!見張りのクロッソだ!こっち、来たぞ!』
ダーナトゥの腰に下げていた無線機が、そうはっきりと告げた。
ダーナトゥは無線機を手に取り、焼けた薄い口元へ寄せる。
「ダーナだ、了解した」
無線機を持った手を下ろしダーナトゥは顔を上げる。
「クロッソの方だ!西南の方角!行くぞ!!」
『オウッ!』
周囲の隊を連れてダーナトゥは駆け出す。
「ダーナさんが当たる・・
ミリアが流れてくる通信の声を聞いていて、呟く。
「そうみたいだな。」
ケイジはミリアに反応して応える。
ケイジはなんも考えてなさそうだけど。
タゥンん・・ッ、と弾を超高速度で飛ばす反響音がたまに響く。
ミリアは隊へ、5、6発までなら適当に撃ってみていいとは言ったけれど。
バリケードの穴から低く構えたリースのライフルが、硝煙と共に薬莢が吐き出されるのはこれで2度目か。
1発ずつ撃つのは、冷静に着弾点を確認して調整してるのかもしれない。
それに、ケイジが暗視スコープを覗いても、むき出しの敵の姿なんてものを確認できないのに、リースには敵が見えるようだ。
少しだけ不気味に感じるのは、2台の大型車両を擁している敵なのに、彼らは特攻を仕掛けてくる気も無いようだ。
「仕掛けてこねぇのな・・・」
ケイジが呟いていた。
彼らが仕掛けてきたら仕掛けたで、こちらが準備している携行式ランチャーの数射で特攻してきた大型車両は無残な姿になるかもしれないが。
確実に破壊できなければ、大型車両がここのバリケード域まで達する可能性も充分にある。
それだと突破を許した事により、村に点在する家屋を巻き込んだ白兵戦になる。
ただ、そういった強引な突破をするつもりは無いらしい。
軽く思いつく戦術なら、厄介なことになる前に、確実に当てられる距離まで重火器部隊が近づいて破壊するとか。
危険は伴うけど
これくらいで焦れる必要は無いが、・・・アシャカさんたちは全く動かないみたいだ。
――――タゥンんッ、ヒュゥンッ・・・
時折、耳を嫌に刺激する風切り音、仲間が発射する弾の乾いた音と、敵が遠くから撃った弾が纏う風切り音の度に、現状への警戒を強く引かれる。
ダーナトゥ率いる隊は既に西南から攻めてきたという敵に対して遮蔽物への配置を済ませていた。
弾の運び役を担う事になったドーアンがダーナトゥの後ろで落ち着きなく、弾倉をがちゃがちゃと弄っている。
旧式の暗視スコープを覗いて敵を警戒するダーナトゥは、待ち続けている。
何かが起きるその時を。
「うるさいぞ、ドーアン」
ダーナトゥの隣で銃を構えるカリャリが低く声を発する。
静寂の中だと、その低音は耳にはっきりと重圧を乗せて届く。
「ぁぁ・・、は、はい」
はっとして先輩のカリャリを見るドーアンが頷く。
「落ち着けよ」
ハンドライトに照らされたドーアンの姿は既に大量の汗をかいたらしく砂が付着し黒く汚れている。
肌を伝って垂れる汗には冷たさしか感じない。
「来た」
ダーナトゥが口の中で静かに弾いたその言葉にドーアンは身体をぶるりと奮わせた。
ダーナトゥの暗視スコープの緑がかった光景に映るのは重厚そうな装甲車両、改造されているのか大型の1台だ。
アシャカ隊からの報告から似た大型トラックが外縁で停止していると聞いている。
夜間警戒用ライトに浮かび上がる黒色のシルエットが大きく右に曲がっていった。
その瞬間、車両の横腹から銃撃が飛んでくる。
――――――たたタぁんっ・・たたタタタっ・・・―――――――
咄嗟に身を隠したダーナトゥは、その銃弾の斉射が止むまで待つ。
――――タタたんっ・・・・ひゅんっ・・ひゅぅんっ・・・
・・・暫くして複数の銃撃が止みダーナトゥが土壁から覗き見る。
・・静寂が・・・横たわっていた。
しかしその静寂もつかの間、車両の横から顔を覗かせる人影が暗視スコープの視界に、その景色に見えた。
ダーナトゥは反射的に銃を構え、土壁の空けた隙間から再び顔を出し様子を伺う愚か者に狙いを定め、引き金を引いた。
ッパアンッ・・・と鋭い衝撃とその反響が、余韻を残して辺りは再び静寂に落ちる。
ドーアンは目が霞みそうな緊張の中で、・・かたかた震え出し、ダーナトゥの自動小銃が放った硝煙の臭いを感じていた。
「おい、ドーアン、落ち着け」
仲間に肩を叩かれた・・。
「あのライトは壊れないようになってる。知ってるだろ。」
「ただの脅しだ。怯むなよ、おまえら」
ダーナの太く安定した声が掛けられていた。
「あらかた読み通り、いや、『
静まる暗闇の中で壁を背に、座り込むアシャカが手にした無線に返していた。
『戦線は膠着。奴ら攻め入る気が無いようだ。』
ダーナトゥの声は静かで常に落ち着いている。
「奇襲に失敗したか?」
『明確には言えない。可能性はある。だが何かおかしい。』
「そうか。なに、時間がかかればそれだけこちらが有利だ。そっちは頼んだぞ」
『わかっている。・・ミリア殿は?』
「やってくれたろう。確認してないが。」
『そうか、切る―――――ザザッ―――
ダーナトゥとの連絡を取り終えたアシャカは、溜め息を1つ吐いた。
それも1息だけだ、また仲間たちに向けて無線機へ声を通す。
「敵に動きがあったらすぐ連絡しろよ」
『わかってますよ』
ここ、奴らが真っ先に姿を見せた東側の大型トラック2台に動きは無い。
正直、こうも戦況が動かない事態はあまり予想してはいなかった。
いや、予測する必要が無かったというのが正しい。
奴らが、こんな所で膠着戦線を作ってどうする?
時間をかければかけるほど不利になるのはあいつらだ。
あの大型車両の裏で何か策を用いているのか?
そうだとしても何もできはしないだろう・・・?・・・・。
一息に此処を攻略する秘策などあり得るはずがない・・・数にものを言わせて来ると思っていたが、まさかな・・・。
「・・不気味だな」
そう呟いたアシャカの声は、周りの仲間を注目させる。
「・・・しかし、動くわけにはいかないな。奴らがいつ攻勢を仕掛けてきても迎え撃たんとな」
「絶対に何も通しませんよ」
頷く仲間と共に、闇の中で大型車両が停車しているはずの方角を警戒する。
――――――――――
一陣の風が強く吹く荒野、その先の崖を前に。
望めるのは闇夜に広がる深淵と、日の残り香を微かに残す砂漠のみ。
この崖の遥か下にあるはずの、無骨に形成された鉄屑と家畜の村は急傾斜により見渡せない。
常人が降りられるはずの無い崖。
その場所に1人の男が立っている。
背中から強風に煽られ尚も崖の先を見下ろす男。
だぶついた服が風に強くはためいている。
長い髪が絡まり、風に流れ遊ぶ髪が顔まで覆う。
筋肉質な肉体のシルエットが纏わり付く薄い布からわかる、彼は男だ。
細身の身体なのか、青年なのか、それさえ判別が難しい均整の取れた身体は動くことなく。
強い風に曝される中でも体勢を崩す事無く。
ただ、そこに両腕を組み、立っている。
・・・一陣の風が吹き流れる髪の波間から見えたその切れ長の鋭い眼は、暗闇で何も見えないはずの崖下を見下ろしている。
実際、男の周りでさえ、光源の一つも無い。
人の眼であれば、一光も無いこの夜の砂漠、山を登りこの場所に辿りつくのさえ困難を極める。
それは、人の眼を持っているならば。
獣の眼ならば。
人が恐れる暗闇の中でも、僅かな光源に照らされた夜の真の姿を見出せるというのに。
彼の髪が風に流され、彼の眼が見えた。
先ほどと違う。
銀の鈍い光を放っていた眼。
・・アアアァァン・・・と夜の冷気を伝播する、揺らぐ薄い音が彼まで届いた。
「・・ころあい」
男は一言、そう呟き崖の先からゆっくりと右足を前に出し、その身を頭から、崖下に投じた。
落下に飛ぶ視界の隅々から入ってくる、崖に引っ付いた岩の粉砕された残骸がいくつも。
男は力強く空中で一回転して体勢を保つ。
ようやく近づいてきた岩の、固い足場を砕くが如く蹴りを入れる。
脚の鋭い力が接触した瞬間、岩石が粉砕された。
何より、その男は空中で姿勢を保ちながら跳躍する。
そうして落下の勢いを殺しつつ、幾度も岩石を粉砕していく。
ほぼ落下に近い速度に、彼は鈍くぎらついた眼を更に輝かせていく、彼自身が耐えうる落下速度を維持したまま、暗闇の底へ、崖の下へと落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます