第29話
――――ようやく夜の肌寒さを感じ始めた頃、この村の時が動き始める。
『こちらウィスディだ、来たぞ、『灰』が、来たぞ』
「聞こえた、了解だ、・・・ウィスディの方から来た」
アシャカが無線機の受け口を耳につけたままダーナトゥに目で合図をする。
その合図と共に、ダーナトゥは深く息を吸い込む。
「ウィスディの方からだ!アシャカに付いていく者たちは行け!」
低い轟音が1人の声、ダーナトゥの怒気をも孕みかけた気勢が辺りの風さえ強く奮わせた。
「来い!」
アシャカの威勢が皆の体を奮わせる。
『おオおおおううウっ!!』
男たちの腹を震わす咆哮が闇夜に響いた。
彼らが立ち上がり武器を携行し1つの方向へ歩み出す。
そんな中を追う仲間たちの中で、ミリアは1人呟いていた。
「・・ほんとに来た・・・」
アシャカを先頭に、共に数十人の仲間たちが走り始める中、ミリアはガイに目線で合図する。
ガイはそれに気付き頷いてみせる。
「よろしくっ」
声にしたらミリアの目線で合図のクールさは消えたな、とガイは思ったが。
「おう」
その方が確実だ、素直に応えつつガイは立ち上がっていた。
「なんだ?」
ガッチャリガッチャと背負ったリュックの重い中身を揺らすケイジが、こっちに反応してた。
「何でもないよ」
ミリアがにぃっと白い歯を見せて笑みを向けた。
悪巧みをしている時の顔だなと、直感的にケイジは思った。
そして、ガイがあらぬ方向へ駆けていくのも見つけたが、ケイジは仕方ねぇなと言わんばかりに肩をすくめて見せただけだった。
リースも一部始終を見ていて、特に気にするつもりはないようで、目をつむってた。
『ウィスディの方から攻めてきた』つまり、攻めてきた方角は東側らしい。
ハンドライトを持ったアシャカについていく複数の人たち。
ミリアの隊5名の中では新しく入ったカウォがそのハンドライトを持って、1~2M先の地面を照らしてくれている。
みんなが慣れた様子でフェンスの方角に対して壁となったバリケードを陰に、それら複数の裏へ次々に人が納まって行く。
フェンスの上で弱々しい照明に無数の虫が絡み付いて飛ぶのが見えるだけで、異変は確認できない。
敵の姿もまだ裸眼では確認できない。
空いているバリケードの裏へミリアが入り、それに続いてメンバー4人も潜り込む。
幅も充分だし、通常の射撃の威力なら弾はまず貫通しないだろう。
計6名が入っても悠々と動ける壁の大きさを基準に、後方に位置するミリア達のその場所からはハンドライトを持った他の仲間の位置も大抵確認できる。
壁壕の陰に入ったカウォが、ハンドライトを壁に括りつけた。
ライトは息をひそめる彼らの手元や足元を照らす。
・・後に、後方から近づいてくる音に気付き、リースが後ろを向く。
それに気付いたケイジとミリアも同様に後ろを見れば、誰かが走ってきたか。
カウォがくいっとハンドライトを向けて、一瞬照らし出したのはガイの姿だった。
確認した後はそのまま、壁に引っ掛け仲間の手元、足元を見えるように戻しておく。
ガイがミリアたちの壁に背中を張り付け、座り込むと同時に、手馴れた動作で担いでいたライフルを腿に乗せて弾倉などの確認に入った。
「暗視スコープの確認、いつでも使えるように。」
ミリアが全員に指示をした。
「よぉ、遅かったじゃんか。何してた?」
「んぁ?」
声をかけたケイジに振り向かず、ガイは手元のライフルをしばしの間、いじってカチっと確認している。
「忘れものだ、ただの」
「忘れもんねぇ」
ケイジが、ちらりとミリアを見ても何食わぬ顔で暗視スコープの調整をしている。
「んな事より、お前、安全装置とかあるんだ、銃の扱いには注意しとけよ」
「なめんな、安全装置外すの忘れるなんてあほか」
「ちがう、安全装置をくれぐれも外すなっつってるんだよ」
「・・・」
「ぁー」
ちょうどミリアの妙な声が聞こえ、ケイジはその声を辿ってそちらへ向く。
ミリアが胸の前で人差し指を小さく振ってケイジを指した。
「ケイジは撃っちゃダメよ。ガイの言うとおりにね。」
昔の出来事、ケイジが構えて撃った銃の弾が在らぬ方向に飛んだのを見た人間は揃ってこんな事を言う。
ケイジも心当たりがありすぎるので何も言えないでいる間に、ミリアが言葉を続ける。
「下手なんだから、こんな密集した所でやったら洒落にならないわよ」
優しく諭された気がする。
「・・・チクショ」
「あと、暗視スコープ、ちゃんと準備しときなさい」
「わぁってるよ、」
結構、機嫌を損ねたようで、それはそれは小さな返事で呟いてた。
「あんたは出番をじっくり待てばいいから」
ミリアの言葉はもう届いていないように、はぁっと溜め息をついたケイジだったが。
ちゃんと頭に取り付けたスコープを確認はしているケイジのようで。
それから暫く、準備を終えた彼らの周囲は静寂、時折、他の場所の仲間が出す音が遠くに聞こえるのみ。
くしゃみの音が聞こえてきたのは、まあ、寒いからわかるけれど、こんな時は止めてほしい。
ミリアたち4人は標準A装備を詰め込んだ携行バッグを着用し、暗視スコープを装備している。
といっても、結局ケイジだけは外して首に下げているが。
ミリアは壁向こうを覗き込んで暗視スコープの淵を、指で淵の部分を操作しつつ警戒している。
バリケードに正対した遠くのフェンスの方を見ているが、敵影は見えていない。
フェンスは200Mほど先、守るべき村の要の外縁から500mの距離はあるだろうが、その距離でもスコープに搭載されている望遠装置で視認可能である。
『ザザっ・・・』
不意に、無線機からノイズ交じりの音が零れた。
『―――ルナカテャボ、
アシャカさんの声だ、落ち着いた声・・・。
『ルナカテャボ、
まるで、気が
「・・ルナテ、キャボってどういう意味ですか?」
ミリアの疑問に。
「『ルナカテャボ』は、『同胞の、戦士たち』というような意味だ」
リタンが言葉を教えてくれた。
村の戦士たち全部への呼びかけ・・・。
『
・・・来る筈の敵、その姿を息を潜めて待つ、・・何かがブレたように視界の一点で白い輪郭を現し始める。
咄嗟に視界をその輪郭を中央に持ってくる。
浮かび上がってきたその輪郭、トラック大の大型車両のフォルムを確認できる。
一見、ゴツゴツした輪郭、装甲車の様に改造を施されているのか、鈍重な図体、そして堅そうである。
未だ静寂、砂を運ぶ微風の中、視界だけが敵の来訪を告げて。
ここを率いているアシャカさんたちも敵の車両を確認した筈・・。
ォォォ・・・と、遠くの微かなエンジン音がようやくここまで届き始める。
一瞬で、周りの静寂が緊張で張り詰めるのを肌で感じる。
暗視スコープで捉えてる大型トラックはフェンスの側まで来ると、左へと大きく曲がって横っ腹を見せた。
その後ろにはもう一台の似たような大型装甲車両が走っていた。
そのもう一台も左に大きく曲がり、先の一台と並んだ。
それら2台は、フェンスに突っ込んでくる真似はしなかった。
嫌な予感がした。
村の戦士らはその様子を辛抱強く見つめていた。
微かにぐらぐらと揺れている2台の大型車両。
恐らく、敵が外に降りている。
二台の装甲車両の大きな腹は壁のつもりだろう。
アシャカは強く舌打ちを鳴らした。
その次に、ダダダダダダダっっぁんっ・・・と何発もの銃声が轟き渡り、静寂であった虚空を揺るがす咆哮を上げた。
咄嗟にバリケードに身を隠したアシャカは、共に車両の腹から広範囲に火が何発も吹く光景が網膜に残っていた。
「撃ってるぞぉ!!」
暗闇が広がっていく。
「なんだ、なんだ?・・?」
「奴らの発砲だ!気にするな、狙って撃っていない!」
「射程外だ!当たるはずがない!」
「落ち着かせろ!」
そして、唐突にアシャカは敵が計る意に感づいた。
「持久戦は望む所かよ」
苦々しげに、その言葉を吐き捨てる。
「解せんぞ」
誰かが呟いていたが・・。
敵の一斉射撃は数秒で止まっていた。
フェンスに備え付けられていた、高い場所の灯りさえ、ほとんど破壊されたらしい。
村の敷地はその一角だけが闇に溶けていた。
「どうする!?アシャカ!」
「撃ち返せ!威嚇だ!」
その一喝と共に、仲間の銃が一斉に火を吹く。
たたっタぁんっ・・ッタタタタタタッた―――――――
「止めとけ!それでいい!止めろ!!弾を大事に使えよ!」
これで互いの挨拶は終わったのか・・・再び静寂が辺りを支配した。
・・・先ほどまでと違うのは、明らかに相手の存在を感じ取る闇が広がっていたということだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます