第5話


 ケイジは目の前の湯気の出ているティーカップを見つめながら、そのお喋りなマダックの話を華麗に聞き流していたが。

とりあえず口に手を添えて、隣のリースに小声で聞いてみていた。

「警護要請だろ・・?緊急的な感じじゃないのか・・・?」

「さぁ?」

リースは、ケイジを見て肩をすくめて見せてた。

よくわからんが、隣のミリア達も話を聞いて大人しくしている。


ミリアは彼らの話を聞きながら、少し思案していた。

連絡では警護目的の指示があった筈なのに、この村では切羽詰ってるどころか、村に入る前から平穏そのものだ。

なにかが起きて緊急事態へ動いた可能性も考えていたのだが。

むしろ、目の前で笑顔を浮かべて過ごしている彼らは、何の不安も抱えてなさそうな面持ちの方々である。

来る場所を間違ったのかも、と思い始めたミリアだが、先ずは確認が必要だろう。

「・・・チェンル、アシャカ。そうそう、あそこで祈っているのは・・まぁ、後で本人からの方がいいでしょう。」

マダックと名乗った彼は、ようやく一息ついて。

「よく来たな!歓迎するぜ『リリーからの使者』。酒でも飲むか?」

焼けた赤毛の褐色の男性、精悍な顔つきで、屈強な体躯を持っている彼が大口で言ってくれる。

ちょっと気になったのは、彼は村の人、と言うには周りの人とは雰囲気が違って見えることで。

「黙ってろい、アシャカ!酒を勧めるのは・・おっと、大事な事を聞き忘れていました。」

村長であるマダックが、ミリア達4人を真面目な顔で見渡す。

大事な事と言われて、ミリアも村長のマダックの顔をまっすぐ見つめ返した。

「リリー・スピアーズから要請で来られた方々ですな?」

「・・はい。そうです・・」

なんか、ミリアはなんか、一瞬言葉に詰まりそうになったが。

大事な事って、もっと緊急性のある話かと思ったんだけど、なんだろう、悲しいわけじゃないけれど・・・なんか、違う気がした。

そう、なんだかずれてるのだ。

だって、この人たち、全然困ってないのでは?

「そうでしたか、いやーやはり、やはり。毎度手厚いご協力に感謝しています。さぞ長い道のりをお出でなさってくださって。」

「いえいえ、お仕事ですのでこれも・・」

そう、お仕事・・、お仕事だ。

やるべきことをちゃんと聞かないと。

「それで、事情を聞きたいのですけど・・、あ、こちら名乗っていませんでしたね」

ほぅっと一息を入れて、ミリアは自分の呼吸のリズムを整える。

そして、村長たち、テーブルを囲む村の彼らを見渡した。

「リリー・スピアーズから来ました、領外補区警備隊です。私がこの隊の隊長のファミリネァ・Cです。そして、こちらが副隊長のガイズ・ミラ」

紹介に合わせてガイが、片手を上げてにっと笑ってみせる。

「隊員、リース・オルダム」

合わせて、顔を俯いて逸らしたリースは、何故。

「と、同じく隊員のケイジ・アズマです」

軽く会釈するケイジ、というか背もたれに深く座ってて態度が悪そうだが。

「今回はこちら『ブルーレイク』からの救援要請のために来ました。早速、状況をお聞かせ願いたいんですが・・。」

「ほほぉ、貴女が隊長さんでしたか。これはこれは遠い所をお越しくださって。説明はもちろん必要ですね。ええ。・・ふむ、実を言いますと、状況に詳しいのは彼なのだが・・」

そう言って、彼が視線をやるのは未だに瞑想している様に祈り続ける男性の背中だ。

改めて見れば、鍛えられた筋肉を持つ大きな体格の男性が、さっきからずっと動かないのだ。

シャツの下からも盛り上がっているのがわかる上半身の筋肉は引き締まっており、常にトレーニングを欠かさない実戦向きの身体のようだ。

「警護の事は彼らに任せているのでな」

「彼ら・・?」

「ええ、我々、ここの開拓民と警護を任す彼らがこのブルーレイクを作っております。・・・おっと、ようやく終わったようだ」

マダック村長の視線を追う一同は、再びその奇妙な男の方を見た。

ミリアが見たのは、今まで身動き一つしなかった男が立ち上がろうとする瞬間だった。

「ふーーっ、今夜も主様は一頻りご機嫌が悪い・・・」

嘆息しながら独り言のように、振り返りながら言った彼のその言葉は、ミリアたちには何の事かわからなかったが、村長は高らかに笑い声をあげる。

「わっはっはっは、最近はそればかりを言うな。」

村長の言葉に肩をすくめて見せた男は、ミリアたちの存在に今気づいたようで、短く一撫でするように視線を流した。

「君らがお客人か」

それは、低く物静かな声だった。

「ああそうだ。お前が祈っている間に来たんだぞ。おおっと、紹介しよう。彼がダーナトゥ。この村の警護をしている集団の者、彼抜きでは話せないのですな。」

ダーナトゥと呼ばれた彼は、ミリア達から視線を外すことは無かった。

「ん、」

と目線でもダーナトゥを促すマダック村長だ。

「ダーナトゥ、『Cross Handerクロス・ハンダー』という傭兵団の一員だ。一団で村の警護をしている。」

ダーナトゥは低く落ち着いた声音で伝えると、それで終わりと、口を閉じた。

「とまぁ、その責任者に一番近い彼に来てもらってるわけです。」

責任者に一番近い・・?

「ちょっと待てや」

って突然、会話に入ってきたテーブルの席の赤毛の大きな男の人が、村長に驚きの表情をしている。

「なんだアシャカ?」

村長も驚いた顔だ?

「Cross Handerの頭領は俺だろうがっ!」

って、不満をぶつけてた。

なるほどとミリアも思う、そう引き締まった体つきをしている理由はやっぱりあったみたいだ。

「そう言ったろ。」

マダック村長が、きょとんって、心外みたいな顔をしているが。

浅黒く日焼けした肌は、日中の外を中心に動く人達だろう。

「言ったかぁあ?」

ミリアも、そんな風に言ってない気がするけど、というか、ダーナトゥさんが責任者なのかと思ったけど。

「けどな、ダーナの方が、説得力あるじゃん?」

「『あるじゃん?』じゃねぇっつうの。嘘を教えるな、嘘を。頭領は正真正銘、俺だ。なぁ?ダーナ」

「頭領ではないが・・」

「ちょっと待て、お前も嘘つくか」

「はっはっはっはー、ほれミロ」

「いや、頭領ではなくてな・・・」

「しごいてやる!明日からと言わず今日から!仕事回しまくっからへたへたになっちまえや!」

「小さい奴め、器量はもっとでかくなきゃいかん。だから部下に見限られるんだぞ。ワシなんかな・・」

「話を進めましょう」

ダーナトゥさんがはっきり言った、その言葉に周囲のテーブル席の人たちが頷いていた。

確かに、ダーナトゥさんは村会議に必要な人のようだ、というのをミリアも直感的に理解した。

あと、この3人は仲良しみたいだ。

「それもそうだな、ったく、アシャカのやつめ。ごほん。」

「おい。話をややこしくしやがって」

「なんだとぉ?」

「あのー・・すいません」

右手を目線の位置まで上げて控えめに主張したミリアが、その場の注目を集めることになった。

「つまり、このお二方がCross Handerの重役ですね?」

「そうです。こやつ、アシャカがCross Handerの首領で、このダーナがその右腕というわけです。」

頭領とか首領とか、呼称がばらついている気がするけど、それは置いていて。

「はぁ・・。なるほど、そのCross Handerがこの村を護衛していると。」

「そうです、そうです。この村をかなり昔から守ってもらってるんです。それでこちらが、ドームから来てくだすった・・えぇと」

「ぁ、はい。私はファミリネァ・Cです。領外補区警備隊の隊長をしています」

「ほう・・?」

ダーナトゥは多少の驚きの色を交えた目でミリアを見る。

たぶん、見た目の驚きだろう、そういう目には慣れている。

「そうそう、失礼。一度紹介してもらいましたのに」

「いいえ」

にっこりと笑みを見せるミリアだ。

ガイはちらっと横目で見た、ちゃんと作り笑いはできているようだ、と確認してたけれど。

「それよりも、単刀直入に。現状を聞きたいのですが」

「おお、頼む」

「悪いな、わざわざ来てもらったのに話を遠回しにして本質に近づけず」

そう言ったダーナトゥは、ちらりとアシャカと呼ばれた男に視線を送る。

すかさずアシャカはにやりと笑い。

「頼む。」

と言って寄越した。

ダーナトゥは一息つき、溜め息の様にも見えたが、そりゃダーナさんを先に紹介したいだろうな、とミリアも思ったけど。

ダーナさんは目を閉じて。

言葉を続けた。

「ここからは明瞭めいりょうに言う」

静かに目を開く彼が告げた言葉は。

「この村が狙われている。」


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