大文字伝子が行く71

クライングフリーマン

大文字伝子が行く71

大文字邸。EITO用のPCのある部屋。ミーティングルーム。

皆、理事官の話に、たまげていた。「それって、宣戦布告じゃないですか。」

理事官は、自分に届いた手紙を披瀝した。以下の文面だった。

{EITOの斉藤理事官。君の組織は大したものだね。僅かなヒントでも、我々が関与する事件を未然に防ぐ力が、ちっぽけな国のちっぽけな組織であるとは思ってもいなかったよ。利根川は預かっている。明日の日没までに利根川を救い出せれば、ヒントを5つあげよう。出血大サービスだ。『死の商人』って言い方はやだね。だが、『死の商人の元締め』ってことにするか。}

「この紙には所謂『透かし』が入っている。東京23区の地図だ。利根川氏の捜索のヒントらしい。我々には、さっぱり分からない。謎解きはDD諸君に任せるよ。」

理事官の姿は画面から消えた。「オッサン、投げやがった。」と物部が早速文句を言った。

「オッサン?あんただってオッサンじゃないの、一朗太。」と、嫁の栞が口を出した。

「まあまあ。でも、副部長の言う通り、俺たちに振られてもナア、って感じだな。」と、福本が言った。

「期限書いてなかったな。もしかして、ラップタイム計ってるとか?」珍しく南原が言った。

「いや、ノーヒントは困るよねえ。」と山城が言うと、高遠が「いや、この文面と、その地図にヒントがあるんだろうな。しかし、日没まで人質って、まるで『走れメロス』だな。」と呟いた。

「俺、パス。ゲームとかは苦手だし。」と服部が言った。

「まあ、そう言わずに、皆で検討しよう。学。また助っ人呼ぼう。」と伝子が言うと、高遠は早速Lineでメッセージを書き始めた。

助っ人とは、以前拘った事件で知り合った、赤木と中山ひかるという高校生だ。彼らだけで無く、彼らの仲間にも手伝って貰い、事件を解決に導いた経緯がある。

東京23区とは、東京都区部という23の特別区から構成される区域のことである。

東京府と東京市を統合して東京都が成立したのは1943年(昭和18年)のことである 。当時の区の数は35区だったが、1947年(昭和22年)3月に22区に改編され、同年8月に練馬区が新設されて現在の23区となった。

中山ひかるから送ってきたメッセージには、その『練馬区』が怪しいとあった。

元締めという言葉から、『元』を23区になる前と解釈出来るし、管理することと解釈すれば、練馬区役所にならないか?とも書いてあった。

「よし。まずは行動だ。学、管理官に連絡してくれ。私は、まっすぐ向かう。」

伝子は走った。裏山に抜ける道の途中に横道がある。そこを通り抜けると、駐車場だった。伝子はバイクに跨がり、疾駆する。1km程走ると、秘密の出入り口だ。

伝子が練馬区役所に着くと、久保田管理官が既に部下達と到着していた。

「文字通り、家捜しだ。隈なく探せ。人命がかかっている。急げ!!」

号令の下、警察官達が利根川探しにかかった。区長が慌てて出てきた。

「区長。利根川という人物が誘拐監禁されています。ここの区役所らしいと情報が入りました。区民の利用者の皆様にはご迷惑をかけますが、人命がかかっています。この情報通りでなかった場合は、他を当たらなければいけません。一刻を争います。ご協力願います。」

久保田管理官は警察手帳を見せながら、一気にしゃべった。

警察無線が次々に入って来る。

「管理官。一階は異常なしです。」「管理官。二階は異常なしです。」一階と二階は住民サービスのフロアで、探す場所は限られている。

「管理官。三階は異常なしです。」「管理官。四階は異常なしです。」

ここの区役所は五階建てだ。「管理官。五階は施錠されています。」

「区長。今、お話した通りです。ご協力願います。」

区長は、やむなく部下に鍵を持って来させ区長と久保田管理官と伝子はエレベーターで五階に上がった。

鍵を開けた世界は別世界だった。まるでホテルのようだった。

「我々は別件で来ていますが、同じ公僕として忠告します。私物化は、いずれ問題になりますよ。」そう言い捨てると、管理官たちは奥に進んだ。

ひかるの推理は当たっていた。サウナ室に利根川は縛られていた。爆発物はないようだった。

だが、手紙が利根川の膝に乗っていた。

「大文字さん。」ロープを解かれた利根川は伝子に抱きつき泣き始めた。

「無事で良かった。」「ありがとうございます。ありがとうございます。」

「大文字君、これを。」管理官は呼んだ手紙を伝子に渡した。

{さて、諸君。利根川が無事に救出出来たので、作戦のヒントを5つあげよう。1つ目は『マラソン』、2つ目は『医者軸の庭』。3つ目は『牧野富太郎』、4つ目は『パンダ』、5つ目は『お楽しみ』}

大文字邸。ミーティングルーム。

依田が、頓狂な声を上げた。「お楽しみだあ?なんだ、そりゃ。舐めすぎだろう。」

高遠がなだめた。「まあまあ。死の商人の親玉は舐めているにちがいないさ。1つ目は全日本大学駅伝対校先取権大会のことだろうと分かった。練馬区にもマラソンはあるが、来年3月だ。全てが練馬区関係でないことが分かっただけでも収穫さ。」

「ひかる君がアナグラムを解いてくれたよ。2番目の『医者軸の庭』は『石神井のワニ』のアナグラムだ。」と、伝子が言った。

「何、石神井のワニって?」「依田君は知らなかったかな?仕事が忙しくて。」とあつこがPCモニターの画面から言った。

「石神井公園でワニ騒動があったの。2017年にね。ワニが人を襲ったという話。結局見つからなかった。カミツキガメの見間違えだろうという事になった。」

「警視。トゲのある言い方、気になるんだけど。」「私は気にならないわ。」

「まあまあ。2番目は石神井公園、ってことだよね。」と高遠が割って入って仲裁した。

「3番目は牧野富太郎生誕160年記念特別展が牧野記念庭園記念館って所で11月1日に開催される予定らしい。1つ目が11月6日だから、3つ目の方が早い。」と伝子が呟いた。

「パンダって、やっぱり上野かな?」と服部が言うと、「和歌山かもな。マラソンは三重県だぞ。」と伝子が言った。

「じゃあ、先輩。今度は同時攻撃じゃなく、間欠的連続攻撃ってとこですか?」と福本が言った。

「そうなるな。取り敢えずは記念館だ。あらゆる警戒体制を取る。」

11月1日。午前10時。

小型トラックが数台、乗用車が数台。やって来た。造園業者かと思いきや、斧を持った者までいる。彼らが行動に移る前、「ちょっと、お話を伺いたいのですが・・・。」と青山警備補が警察手帳を出すと、一斉に彼らは襲って来た。

シューターがいくつか跳んできて、彼らの足首や手首に命中した。

「そこまでだ!」エマージェンシーガールズ姿の伝子の声に、青山警部補は退いた。

ペッパーガンやシューターでけん制しながら、エマージェンシーガールズは闘った。

ペッパーガンとは、こしょうをベースとした調味料の弾を発射する銃で、シューターとは、魚のうろこ形の手裏剣である。

闘いは30分で終わった。今回は那珂国人ではなかった。

11月2日。午前10時。伝子と高遠は少し遅い朝食を採っていた。

アラームが鳴ったので、ミーティングルームに行った。

「おはよう。まだ眠そうだな。大丈夫か?」「大丈夫です。管理官。」

「大文字君が見込んだ通り、那珂国人では無かった。連中はコロニーの時に倒産した造園業者だ。逮捕してくれて、ありがとうなんて言われたのは初めてだよ。ある日、那珂国人が来て、決行日は後日連絡すると言って、札束を置いて行ったそうだ。」

「サウナの時と同じですね。」「その通りだ。」「ひとの弱みにつけこんで、ですか。」と横から高遠が言った。

11月6日。駅伝選手の臨時控え所。やって来たトレーラーから那珂国人がおり、拳銃を選手達に向け、トレーラーに移れと命令した。そのリーダーの頭に拳銃が突きつけられた。

「形勢逆転だな、文句があるなら、お前達のボスに言うことだ。何しろ、教えてくれたのは、お前達のボスだからな。」20人の那珂国人は、あっと言う間に逮捕された。

警察官にリーダーを引き渡した中津警部補は、渡辺あつこ警視と三重県警の広瀬警部に礼を言った。

「いやあ。こんな愉快な捕り物は始めてですよ。何で前もって分かっていたんですか?」と広瀬警部が言うと、「ウチには、コンピュータより優秀なエーアイがついているんです、ねえ、中津警部補。」「左様です。」とあつこと中津警部補が応えた。

11月11日。午前9時。石神井公園。石神井池エリア。

数人の男達がボートを浮かべて、『聖衣』というタイトルの彫刻家三澤憲司作のモニュメントにペンキをかけようとしていた。

どこからか、ブーメランがいくつも跳んできて、男達は池の中に落ちた。エマージェンシーガールの金森とひかりは、それを確認すると、警官隊に後を託した。

石神井公園。三宝寺エリア。

昭和天皇が皇太子だった頃に植えた「御手植之松(おてうえのまつ)」。その松にチェーンソーの刃を立てようとする輩がいた。

どこからか、矢が飛んできて、男の肩に刺さり、男は倒れた。「ちゃんと、急所は外してある。後は警察の仕事だな。」とエマージェンシーガール姿の副島が言った。

石神井池エリア。雑木林。ガソリンを巻こうとする男にエマージェンシーガールのなぎさが言った。「それで、火を放つのかな?上を見ろ。お前が火を点けた瞬間、消火バルーンが落とされる。あっと言う間に鎮火だ。」

上空にはMAITOのオスプレイが待機していた。男は肩を落とし、膝を折った。

石神井公園北端。石神井松の風文化公園。

どこかの観光客ツアー。ツアーコンダクターが先頭を歩いている。

「その人達をどうする予定かな?偽のツアコンさん。仲間はさっき捕らえたよ。」エマージェンシーガール姿のみちるが手招きすると、愛宕が逮捕し、連行した。

ツアー客が混乱していると、女性警官姿の結城警部が、本物のツアコンを連れて来た。あつこは、さっさと立ち去り、警部が事情を説明し、本物のツアコンに後を託した。

午後8時。大文字邸。高遠と伝子は遅めの夕食を採っていた。

「という訳だ。」「神社は?」「幸い無事だった。」「お寺は?」「あったっけ?」

「暢気だなあ。まあ、皆フォロー出来る距離にいたからね。広大な公園だから、どこで何があっても不思議じゃ無い。」

伝子は突然立ち上がって、高遠にキスをした。「こんな立派な婿養子はいない。」「褒めてんの?」「うん。」「ご飯冷めるよ。」

11月16日。

和歌山県。アドベンチャーワールド。

パンダの餌に毒を混ぜようとしている男女。「あかんやん・・・じゃない。だめじゃないか、自分たちが大事に育ててきたパンダを殺そうとするなんて。」二人は手を止めた。

エマージェンシーガール姿の総子は、県警から来た警部に後を託した。

飼育員の男女と警察がいなくなった後、南部となぎさが近づいて来た。

「ご苦労様。大阪支部長。」となぎさが労った。

オスプレイの中。「なあ、なぎさねえちゃん。あの『お楽しみ』って、まさかお好み焼きのこととちゃうやろな?」「お前、考えすぎやろ。結局パンダは上野でなくて和歌山やったけど。それに、お好み焼きなら広島もあるで。大阪とは限らんやろ。」

「まあ、私も考えなくはなかったけどねえ。因みに、私は広島より大阪派。」となぎさが割り込んだ。

「今夜、ゆっくり作戦会議しましょう、支部長。」「おっしゃ!」総子はガッツポーズをした。

11月21日。深夜。築地。お好み焼き「With You Like It」。

3人組の男達が厨房に入り、食材に粉末の毒を蒔いている。

写真のフラッシュが炊かれた。カメラマンと入れ替わりに警官隊が踏み込んだ。

久保田警部補が「容疑は・・・言わなくても分かっているよね。頼まれたんだよね。でも、いけないことだよね。まあ、署でゆっくり聞かせて貰おうか。」

久保田警部補と警官隊が去ると、隠れていた愛宕と南原が出てきた。

「ありがとう、南原さん。」「どういたしまして。はい、カメラ。」

店長が現れた。「あ。店長さん。食材台無しにして済みませんね。」「いや、大丈夫です。しかし、よくウチが狙われているって分かりましたね。」「情報源は明かせませんが、お宅の名前、あのアニメからでしょ。」「ええ。後発の小さな店でしたから、インパクトが必要かと。あ。この名前が?」「ええ、ヒントになりました。明日、予約出来ます?」

「喜んでええ。」店長は満面の笑顔で応えた。

―完―






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