曇。

 曇。蝉の声が五月雨になる。


 タンスと服を、子供の部屋に運んだ。

 そう大きくないタンスに、服を詰める。


 それだけで、この部屋に人が住んでいる気がした。


 自己満足な気がする。

 それでも、簡素な子供の部屋は、私の心をさいなむから。

 子供に、新しい服を与える。

 好きなように、遊ばせる。

 子供は勝手に遊び方を知っているものだと、そう思っていた。


 ガタン、と大きな音がした。


 私は、パソコンを閉じる。

 作業途中の文章が、液晶から消えた。


「あや子」


 子供を呼ぶ。


 仏間の床。線香立てと、灰が転がっていた。

 子供が、仏間の隅で下を向いて立っていた。


 私は一つ、呼吸を置いて片づけを始めた。


 沈黙が、仏間に占拠する。


 口を開こうとして、また閉じる。

 子供の叱り方がわからなかった。

 はたして私は、どんなふうに叱られて、どんなふうに許されていただろう。


 分からなかった。ただ、いらだちをまき散らすことは、違うと感じた。


 あや子は、下を向いている。


 仏間のガラス窓から、空が見えた。

 いつの間にか、日差しが雲を貫いている。

 青を背景に、入道雲がむくむくと成長する。

 一間の晴れ。

 あの雲は、すぐにこちらにやってくる。

 偽物の晴れ。

 目を伏せる。


 つんざくような色にめまいがした。


 なんて、煩わしい青だ。

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