第9話 闇③

「―――リトラのアニキッッッ!!!」

「―――っ!」

 俺を呼ぶマグナの声で意識が覚醒する。

 薄っすらと目を開けた先にいたのは、俺の顔を心配そうに覗き込んでいたマグナだった。

「マグナ…」

「ああっ……!アニキ…良かった……本当に良かったっ!!!」

 マグナは俺にしがみつき、俺の胸元を涙と鼻水で濡らしていく。

 ―――本当に心配かけちまったな。

「兄ちゃん、元気そうで良かったわ!いや~ホンマに焦ったわ~、デスパイダーと戦ってる聞いて、大急ぎで来たんやで!いや~良かった良かった!」

「もきゅ!もきゅう!」

 俺のすぐ隣で、リルが早口でそう言う。リルとモップにも心配をかけたみたいだ。少し申し訳ない気持ちと同時に、こんなにも心配してくれる友達が居ることがとても嬉しい。

「――ん?そういえば、皆が居るってことはデスパイダーはどうなったんだ?リルが倒したのか?」

 俺は体を起こし、周囲を見る。

 デスパイダーと戦った形跡が至る所にあり、すぐそばには大きなクレーターができ、木々はなぎ倒され、激しい戦闘があったのだと一目で分かる。

 しかし、そこにデスパイダーの姿は無かった。

「兄ちゃん………覚えてないんか?ん~いや、そうか……意識が無かったもんな」

「ん~?」

 ―――よく分からん………確か俺は、デスパイダーの毒を食らって………脇腹を貫かれて…………ん?

 俺はデスパイダーに貫かれた左の脇腹を確認する。

「えっ…………どうなってんだ!?」

 そこには、ぽっかり開いた服と乾いた血の跡があるだけで、俺の体は。その言葉そのままの意味で、まるで最初から貫かれていないかのように傷口が塞がっていた。

「確か俺は、デスパイダーの足で貫かれたはずだ………どういうことだ?」

 訳が分からない。俺の意識が無い間に一体何があったんだ?

「兄ちゃん……正直言って、ワイらも分からん。でも、分かってることが一つある」

「な、何だよ?」

 いつになく真剣な表情のリルに、俺はゴクリと唾を飲み込む。

 そして続くリルの言葉を待つ。

「ええか、兄ちゃんはな………闇に飲まれてたんや」

「―――闇?」

 リルのその言葉に、俺はあの居心地の良かった真っ暗な闇を思い出す。

「兄ちゃんの体からは禍々しい闇が溢れ出しとって、ワイらが到着した時にはもうデスパイダーは戦意喪失、逃げていきおった」

「そうだったのか……」

 禍々しい闇………か―――はっきり言って、あの空間とあの女性は全然禍々しい気配なんて無かった。あの闇はとても暖かく、包み込まれるような感じだった。

 ………恐らくあれだ―――デスパイダーとの戦いの中、意識を失う寸前に聞いた女性の笑い声。直感でしかないが、あれが原因だと俺は思った。

 クスクスと笑うその声は、とても冷たく、思い出しただけで背筋が凍る。

「まぁ~なんにせよ、生きとって良かったわ。兄ちゃんがおらんくなったら、寂しいからなぁ~」

 リルはそう言うと、俺とマグナ、そしてモップを持ち上げて自分の背に乗せる。

「さぁ帰ろか、ワイらの家へ」

「ああ!乗せてくれてありがとうなリル!」

 実は体のあちこちが悲鳴を上げていて、少しでも動こうものなら激痛が走る。なので、正直言ってリルが背に乗せてくれるのは非常にありがたい。

「リルの旦那、行きの時みたいのはもう嫌ですぜ…」

 マグナは俺の胸元でチーンと鼻をかんだ後、リルにそう告げる。

 ……………マグナ………人の服で、鼻はかまないでくれよな……………………

「もきゅ!もきゅもきゅ!もっきゅ!」

 モップはマグナの頭の上に乗り、うんうんと頷いている。二人にとって、ここまで来るのによっぽどのことがあったんだな。

「ガハハッ!行きは急いどったからなぁ~。ほな帰りはゆっくり行こかぁ」

 リルはそう言うと、ゆっくりと歩き出した。恐らくだが、俺に刺激を与えないようにしてくれているんだろう。本当にいい奴だ。

 そうして俺たち三人は、ゆっくりゆっくりリルの住処へと帰っていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る