第9話 闇①

「もきゅ!もきゅもきゅ!」

「おっしゃ!この道を真っ直ぐやな」

 アッシ達は、モップの知らせでアニキのピンチを知り、リルの旦那の背に乗ってアニキの元へと急いでいた。

「アニキ……どうか無事でいて下せぇ!」

「大丈夫や!兄ちゃんはそう簡単にやられるたまじゃない!」

 リルの旦那はそう言い切る。

 アッシもそう思いたい。でも、相手はあのデスパイダーだ。この魔の森の頂点にいる四体の魔物と魔獣の内の一体。

 強力な神経毒と溶解液を持つ魔物だ。今のアニキじゃ勝ち目はない。

「デスパイダーは慎重で臆病な魔物や」

「……ええ、そうですね」

 リルの旦那は、アッシの考えていることが分かった様子で答える。

 確かにそうだ。デスパイダーは慎重で臆病、だからこそ自分の縄張りから出てまで獲物を追いかけることなど滅多にないはず。

 今回は明らかに縄張りから出てきている。それも、デスパイダーの性格からは考えられない、執拗なまでの追跡。一体何故――――

 アッシがそう考えていると、遠くの方で大きな音が鳴り、地面が揺れる。

「な、何や!?」

「もきゅ!?」

「一体何が!?」

 その音は、アニキがいる方角から聞こえて来た。

 そして、さらに大きな音が二度、三度と続く。

「何が起きてんのか分からんけど兄ちゃんが心配や、全速力で行くで!しっかりつかまっといてな!」

「えっ…ちょ………ピィィィエエェェェッッッッ」

「もっきゅ…も……もきゅぅぅぅぅぅ」

 リルの旦那がそう言い終えると同時に超加速し、アッシ達は振り落とされないようにその背中にしがみつくのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 しばらくして、開けた場所が見えて来た。

「――な、何やこれ!」

「ど、どうしやした?」

 リルの旦那は速度を落としつつ、驚いた声を上げる。

 アッシ達はしがみついていた背中から降り、周囲を見渡す。

「これは…一体何が……」

 周囲は木々がなぎ倒され、所々陥没し、蜘蛛の糸のような物が辺り一帯に散らばっていた。

 引きちぎられたように散らばる蜘蛛の糸は、恐らくデスパイダーの物―――その糸の硬度は鋼と同じと言われており、簡単に千切れる物ではないはずだ。

「ん?……何か近づいて来る!一旦下がるで!」

 リルの旦那はそう言い、アッシとモップを抱きかかえて後方へ飛ぶ。

 ――――その瞬間、さっきまでいた場所に鈍い大きな音と共に、大きな黒い物体が飛んできた。

「お…おいおい、デスパイダーやないか!?」

 リルの旦那の言う通り、デスパイダーは地面に逆さまになって、複数ある足を動かして起き上がろうとしている。

 その足の内の一本には、白い糸が絡みつき、何かに引っ張られているようだった。

「まさかとは思うけど――」

「―――アニキがやったのか!?」

 状況からしてそうとしか考えられない。

 だが――――

「今のアニキじゃ……デスパイダーには敵わないはずですぜ」

 そう、アニキはまだまだ戦闘の経験が浅い。デスパイダーにはとてもじゃないが勝ち目がない。

 リルの旦那の時とは話が違う。あの時は二人だった―――それにリルの旦那は本気じゃなかった。

 やがて、デスパイダーはゆっくりと体を起こし、自分が飛んできた方向を見つめる。

 森の奥からゆっくりと歩いてきたのはやはり、リトラだった。

「ア…アニキッ!ご無事だったんですねっ!」

 マグナはどこからかハンカチを取り出し、涙を拭う。

「確かに、兄ちゃんやな―――でも、ちょっと様子がおかしいみたいやで」

「――えっ」

 そうリルの旦那に言われて違和感に気づく。確かにリトラのアニキだ。見間違えようがない。

 だが、その体からは黒い煙のようなものが出ており、目は虚ろでとても禍々しい気配を放っている。

「アニキッ……一体何があったんだ」

 変わり果てた姿のアニキに、アッシはそう呟くのだった。

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