第8話 リトラⅤSデスパイダー③

 俺が臨戦態勢に入ったのを見たデスパイダーは、カチッ…カチッ…と音を立てて口を大きく開ける。

 その口内には無数の牙が並び、口の端から溢れ出ている液体が、地面に落ちるたびにジュウッと音を立て、地面を溶かす。

 あれに当たってしまえば、俺の体も地面と同じように溶けてしまうだろう。

「はぁ~、全然…俺の想像していた異世界生活と違うんだが」

 俺はため息をつく。

 前世にはチートを持った主人公が、異世界を無双する話のラノベや漫画などがあり、俺も読者の一人だった。

 だが、現実はそう甘くない。いや、女神の加護を持ち、戦闘民族である俺も十分じゅうぶんチート級の能力を持っている…のか?

 俺が物思いにふけっていると、不意に何かが眼前に迫る。

「ッッッ!!!」

 俺は体を半身にすることで、それを避ける。

 黒く、先端が尖っているそれは、デスパイダーの足だった。

「…あ、あぶねぇ……ピンチの時に他の事を考えるのは止めとかねぇと死んじまうな」

 デスパイダーはさらに、口から糸を吐き出しながら、足でも攻撃を繰り出してくる。

 俺は左右に避け、時にはしゃがみ、何とか躱せている。これも修行の成果だろう。

 だが、このままではジリ貧だ。何とかしないと。


 何か…何かないか…考えろ…考えろ……考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ!!!!!


 しかし避けているうちに、いつの間にか背後に木があり、俺は追い詰められていた。

「う……嘘だろ………」

 俺は一瞬、その木に気を取られてしまう。

 デスパイダーは俺のその隙を見逃さず、右前足をこちらへ向け放った。

「くっ………やられてっっったまるかぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 俺は咄嗟とっさにデスパイダーの懐へと潜り込むように避ける。

 左の頬をかすめていった足はバギッという音と共に背後の木へと当たる。


 そして………………


「うぉぉぉぉおおおおおオオオオオオオオッッッ!!!!!!」

 

 デスパイダーの顔面に向けて、渾身の右ストレートを繰り出す。俺の右拳は見事にデスパイダーの眉間を捉えることに成功した。

 追い詰めた獲物の突然の行動に戸惑ったのか、デスパイダーは一瞬動きを止めた。

 俺の攻撃などまるで効いていない様子で、少しだけ後ろに下がり警戒している。

「俺の全力、まるで効いちゃいねぇのか」

 それはそうか、俺がした修行は走ることであって、攻撃の修行はまだだ。

 (どうする………このままじゃ、リル達が来るまで持たねぇぞ)

 俺は左頬を流れる血を拭う。それほど血は流れてはいないが、何故かズキズキと痛む。

「………っっっ!」

 その刹那、俺の視界がぼやけだす。

 体には力が入らず、鼓動は早まり息が切れる。

「はぁっ……はぁっ……」

 まるで高熱が出た時みたいな状態だ………まさか…………

 俺は後ろの木へと目を向ける。そこには穴が開いた木があり、その周りは少しだけ溶けている。

「マジか…足先にも毒があるのかっ……」

 デスパイダーはカチッ…カチッ…と音を立てながらゆっくりと距離を詰めて来る。

 俺は立っているのがやっとなほどフラフラだ。

「はぁっ…はぁっ…くそっ………ここまでか……………」

 やがてデスパイダーは自分の足が届く距離まで来ると、無慈悲に攻撃を放つ。

「………っ!!!がっ……ああっ!」

 俺の左の脇腹を貫いたデスパイダーは、その右足をゆっくりと引き抜き、再び距離を取る。

 俺はあまりの痛みにその場に崩れ落ち、地面に転がる。

「かはっ…………」

 そして毒の影響からか、脇腹を貫かれたからなのか吐血とけつし、段々と意識が薄れていく。

 ゆっくりとゆっくりとデスパイダーが近づき、俺のすぐそばで止まる。

 絶体絶命…………もうなすすべがない…………

(マグナ…リル……モップ………ごめんな…………)

 俺はこの世界で出会った仲間の事を思っていた。


 そして………………………


「……ふふっ…………ふふふっ……………うふふふふっ………………」


 薄れゆく意識の中で、最後に聞こえたのは女性の笑い声だった。

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