第8話 リトラVSデスパイダー②

「はぁっ……はぁっ………はぁっ…………」

 リルの住処へ向け走り出した俺は、モップを抱えながら、木々の間を突き進んでいた。

 俺がどんなに狭い道を行こうが、デスパイダーはお構い無く木々を薙ぎ倒しながら追いかけて来る。

 だが、モップとの鬼ごっこの成果なのか、俺とデスパイダーの距離は全然埋まらない。むしろ引き離している様にも感じる。

 (このまま行けばっ……!)

 そう思っていたのも束の間、腕の中から左肩へと移動したモップが「もきゅっ!もきゅ!」と言い、俺の肩を叩く。

 その瞬間…

「うぉっ!?何だっ!?」

 俺の真横を白い物体が通り過ぎていく。

 その白い物体は、目の前の木にぶつかると、ベッタリと付着する。

「…っ!…まじかよっ……蜘蛛の糸かっ!」

 さらに、ベチャッ…ベチャッ…と次々に蜘蛛の糸が通り過ぎていく。

 あれに当たれば、すぐさま絡め取られてしまう。そうなればゲームオーバーだ。

 リルの住処までは、まだ距離がある。

 蜘蛛の糸に気を取られて、走るスピードが落ちているのを感じる。


 ……このまま逃げ切る事が出来るのか……?


 いや、そんな事を考えては駄目だ!俺は生きたいっ!

 ………だからっ………!!!

「うおおおぉぉぉぉおおおおっっっ!!!!!!」

 俺は足に力を込め、さらにスピードを上げる。

 修行の成果なのか、自分でも驚くほどの速度が出ている。

「これならっ……!」

 この時、俺は一瞬だけ気を緩めてしまった……

 そう、ほんの僅かな一瞬だけだったが、デスパイダーはその隙を見逃さなかった。

「なっ………!?」

 気づけば俺は地面に勢いよく転んでしまう。

 ……油断していた……

「も…もきゅっ!」

 モップは俺が転んだ近くに着地し、俺の方へと駆け寄ってくる。

 俺はすぐさま後ろを振り返ると、そこには地面に付着した蜘蛛の糸と、そこに張り付いた俺の右靴があった。

 恐らく、デスパイダーは俺の足を狙って蜘蛛の糸を飛ばしたんだろう。

「くそっ………マジかよっ!」

 俺は起き上がり、デスパイダーの方へと目をやる。

「もきゅ!」

 直後、獲物を仕留めるためにデスパイダーは一気に距離を詰め、さらに糸をこれでもかと飛ばす。

「……っ!!!」

 俺は何とか避けるので精一杯で、あっという間に周囲は蜘蛛の糸だらけになる。

 まるで蜘蛛の巣の中に閉じ込められたようだ。

 完全に逃げ道を失った俺はため息をつく。

「……やるしかないのか」

 大きく息を吸い込み、呼吸を整え、両ほほをパンッパンッと二回たたく。

「よしっ」

 そして、近くにいたモップを見つめる。

「もきゅう……」

 モップは悲し気な表情をしており、じっと俺の方を見ていた。

 そんなモップに俺は告げる。

「モップ、お前に頼みがある……マグナとリルを呼んで来てくれないか?」

「も、もきゅっ!?もきゅもきゅ!もっきゅう!」

 モップは驚き、地団太を踏んでいる。

 何て言っているかは分からないが、怒っていることは分かる。

「すまねぇ…何て言ってるか分からん!でも、お前なら糸の隙間を通れるだろ?」

「も…もきゅう……」

 モップは納得がいかない様子だ。

「頼む……俺たちが生き残れる可能性は、これしかねぇんだ」

 俺がもう少し強ければ……俺に力があれば……こいつに勝てたかもしれない。

 でも、俺はまだ弱い……一人じゃ勝つことは出来ない。

「もきゅ!もきゅう!!!」

 そんな俺の思いが伝わったのか、モップは大きく頷き、糸の隙間をくぐり抜けて走り出す。

 そんなモップを見送り、デスパイダーへと向き直る。

「………覚悟を決めるか」

 異世界に来て二度目の強敵との邂逅、そして戦い。

 全身に冷や汗をかきつつも、高鳴る胸の鼓動、そして思わず笑みがこぼれてしまう。

 これも戦闘民族としてのさがか………

 これは勝つための戦いじゃなく、生き残るために時間を稼ぐ戦いだ。

 だが、自身の中の抑えられない衝動を感じながら、俺は拳を構えるのだった。

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