第6話 修行の開始と兎の師匠④

 しかし、本当に不思議な場所だ。マグナと一緒に生活していたあの洞窟からは、そんなに離れていないはずなのに、こんなに大きな木を見たことがない。

 あの洞窟の周囲には木々が生い茂っており、視界が良いとは言えないが、それでもここまで大きいと流石に見えると思う。

「なぁ、さっきの話の続きなんだが…」

「ああ、そういえば途中でしたね。どうしてあの洞窟からこの巨大な木が見えなかったか…でしたね?」

「そうだ」

「それはですね、どうやらこの場所は、幻術で見えないようになってるみたいですぜ。アッシもこの場所のことは知りやせんでした。」

 幻術……そんなものもあるのか………

 リルは俺との戦いで幻術を使わなかったが………いや、使えなかった?

「なぁリル、この場所ってお前が作ったのか?」

「いやいや、ワイはこの場所を借りただけや」

「借りた?」

「兄ちゃんたちと出会う前に、ワイはこの森の縄張り争いに負けてな……子供ら連れて次の住処を探してたんや。その時にある人に出会ってな……この場所を貸す代わりに、守ってほしいって言われてな」

 そうか、だから突然ドリルサギが増えたように感じて、唯一種ユニークが出現したと思ったのか。

 実際は群れごと移動してきたというわけだ。

「まぁでも、この魔の森で人間は生きれんはずやから、ちょっと警戒してたんやけどな。話してみるとめっちゃ良い人やったわ」

 ……ん?……………魔の森?……………………何それ初耳………………

「なぁ……一つ聞きたいんだが、魔の森………って何だ?」

「えっ!兄ちゃん知らんのか!はぁ~……なるほどなぁ」

「いや、気づいた時にはもうこの森にいたんだよ。マグナに教えられたのは、この世界の名前と国の名前だ」

 確か、この世界はグランディアという名前で、北のタニス帝国、西のバルガス連合国、南のロベルカ魔術都市、東のノア王国だったよな。

 確かにこの森の名前も場所も特徴も知らない。

「……マグナ」

 マグナの方へと顔を向けると大きく口を開け、「しまった」というような顔をしていた。恐らくマグナ自身忘れていたんだろうな。

「そうか…兄ちゃんはあれか……記憶喪失ってやつか?」

「記憶喪失?……う~ん……まぁ…そんなとこだ」

 リルには俺が転生者で、勇者だと言ってもいいが……後でマグナと相談しておくか。

「そりゃ、ここのこと知らんのも無理ないわな。ここは魔の森って言われててな、大量の魔素が充満してるらしいんや」

「魔素とは、魔力の元となる力のことですぜ!」

「そうや。それでこの魔素が魔物や魔獣にとって害はないんやけど、人間には毒なんや。それも一時間もおったら死ぬぐらいの」

 一時間で死ぬっ!?どんだけヤバいんだよこの森………………てか何で俺は大丈夫なんだ?

(アニキは恐らく、女神様の加護で魔素に対して抵抗があるんですぜ)

 俺が考えていることを察知して、マグナはこそっと耳打ちしてくれる。

「しかし、兄ちゃんはあれだけ強いのに、記憶喪失なんかぁ。もしよければ、ワイが色々教えたろか?」

 これは……魅力的な提案だな。リルは様々なことを知っている。俺はこの世界のことを何も知らない。無知すぎる。

 ………………なら、答えは一つだ。

「ああ!その方が「ちょっと待って下せぇ!」

 その時、俺の言葉をマグナが遮った。

「アニキに色々教えるのはアッシの役目だ!これは誰にも譲れねぇ」

 何故かマグナの瞳の奥に炎が見えた………気がした。

 それだけ俺にこの世界のことを教えたかったのか……しょうがないな。

「………………なら、世界のことをマグナに教えてもらうから、リルは俺に戦い方を教えてくれないか?」

 リルと戦って分かったことがある。それは、ただがむしゃらに戦っているだけじゃ強くなるのに限界があるということだ。

 それにあのリルの戦い方、技の数々………………めちゃくちゃカッコいい!!!

「戦い方?でも、兄ちゃんに負けたワイが教えるのもなぁ……」

「いやいや、一人だったら多分負けていたのは俺の方だしな。あれは奇跡だと思う」

 あの勝利は俺とマグナの二人で起こした奇跡の勝利だ。一人じゃまず勝てない。

「そうか………分かった!!!ワイが兄ちゃんを鍛えたる!」

「おお、本当か!ありがとうな!リル!」

 そう言って俺は右拳を前に突き出す。

 リルはそんな俺を見てそっと自らの大きな右拳を合わせる。

 マグナは俺たち二人を見て、横から右手を合わせた。

「さて、じゃあ早速、俺は何をすればいい?」

「え?今から?ん~せやなぁ……そうしたらな………………おーい!モップ~おるか~!」

 リルは大きな声で何かを呼んでいる。

 モップ?子供の名前か?ドリルサギを呼んでいるのか?

 待つこと数秒、俺たちに向かって何かが飛んできた。物凄い速さで飛んできたそれはリルの体へとダイブして、俺の目の前に着地した。

「ん?…お前は……」

 俺は今の今まで忘れていた。俺をリルたちの元へと案内してくれた白いモフモフのことを。

「紹介するわ、ワイの子供のモップや」

「もきゅ!」

 可愛らしく二本の足で立ちながらお辞儀をしている。

 本当にウサギなのか……これ………………

「兄ちゃんには今から、この子を捕まえてもらう」

「捕まえる?そんなことで良いのか?」

 そんなことで…………なんて甘いことを言っていた自分を殴ってやりたい………………これから地獄の鬼ごっこが始まるということを俺はまだ知る由もなかった。

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