第3話 再戦③

 「はぁっ…俺……何か身体能力…上がってる…気がする」

 いや、恐らく本当に上がっているんだろうな。この前の俺とは何かが決定的に違う。体力…もあるだろうし、脚力や動体視力なんかも以前とは比べ物にならないぐらい違う。

「そりゃそうですぜ…アニキは戦闘民族、ルビア人だ。普通の人とは成長の度合いが違いやす」

 そういうものなのか?まぁ…マグナがそう言うなら、そうなんだろう。

 と、考えていたその時、何かが後方から物凄い勢いで飛んできた。

「ピエッッッ…ア…ア…アニキ……あ、あいつ…自分でなぎ倒した木を投げてきてますぜ…」

「嘘だろ…」

 俺は今、険しい森を全力で走っているから、後ろを振り向けない。にもかかわらず、ゴリルサギは木を投げてきていると…でたらめな奴だな…!

「マグナッ!まだ着かないのかっ!」

「もうすぐ…もうすぐですぜっ…」

 マグナがそう言った時、前方の木々の間から眩しい光が差し込む。

 そして…

「着きやした!ここですぜ!」

「ここは…」

 俺たちがたどり着いたその場所は、俺が夢であの女の子に出会った場所によく似ていた。

「アニキ!後ろ後ろ!」

 俺が足を止めた一瞬の間に、ゴリルサギは猛スピードで距離を詰め、俺たちの数秒後に森を抜けた。

「ぎゅうう!」

 まるで追い詰めたような顔をしているが、今回に限っては逆だ。

「俺たちを追い詰めたつもりだろうが…それは違うぞ」

 俺は一歩ずつゆっくりと詰め寄って来るゴリルサギに向け見得を切る。これは、自分の心を奮い立たせるためだ。

「…俺は「今日のアニキは一味違うんだ!お前なんか、やっつけられちまうんだからな!」

 マグナ…俺が喋っている時に、重ねてくるのは止めような…これじゃ俺、恥ずかしいじゃないか……まぁでも…怖いだろうに、よく言ってくれた!

「よく言った!そんじゃあ、マグナは離れていてくれ…」

「ええ…分かりやした!アニキ、ご武運を!」

「ああ!」

 そう言うとマグナは俺の後方へと下がる。

 俺はそれを確認し、近づいてくるゴリルサギに対して臨戦態勢をとる。

「来い!!!」

 俺の言葉を理解しているのか、ゴリルサギは跳躍し、一気に距離を詰めて来た。

 上空から大きな腕を力一杯振りぬき、俺目掛けて叩きつける。

「うおっ…あぶねっ!」

 俺はとっさに横に飛び、回転しながら受け身を取る。

 さっきまで俺が立っていたところは陥没し、大地に亀裂が入る。

「ぎゅっ!」

 さらに、ゴリルサギは俺が避けるのを見越していたのか、俺が受け身を取った瞬間に合わせて追撃をしてくる。

「くっそ…息つく暇もないな…でも、思った通りに体が動く。…これなら!」

 初めて戦った時は、手も足も出なかった。だが、今の俺は、動体視力と身体能力が前回とは比べ物にならないぐらい上がっている。

 それに、何故かは分からないが、体の底から力が湧き上がって来る。

 超高速で頭から突っ込んで来るゴリルサギに、俺は無理な体勢で飛び上がり、空中で体をひねる。

 ゴリルサギは俺の真下をギリギリの位置で通過し、地面に右手を突き、ブレーキをかけてこちらへと向き直る。

「早いな…でも、見えない程じゃない…後は攻撃方法か…」

 俺は思考をフル回転させ、考える。

 正面から打ち合う?腕力と膂力が足りない。

 ならばカウンター?あの動きに合わせると、俺の腕が潰れてしまう。

 じゃあ…やっぱり、しかないか……

「よし、イチかバチか…かけてみるしかねぇ!」

「ぎゅうううん!」

 俺とゴリルサギは互いに駆け出し、距離を詰める。ゴリルサギは四本足で走らず、陸上選手さながらの綺麗なフォームで走っている。そして、全体重がかかったドロップキックを繰り出してくる。

 俺はそれをスライディングで躱し、すぐさまゴリルサギへと向き直る。ゴリルサギはすぐに体勢を立て直すことが出来ずに、数秒の硬直時間が生まれた。

「今だっ!」

 その隙を見逃さず、ゴリルサギの顔へ目掛けて駆け出し、飛び上がる。

「これでもくらえっ!」

 さっきスライディングをした時に掴んでいた土をゴリルサギの目に向け、放つ。土はゴリルサギの顔に当たり、その視界を一時的に奪うことに成功した。

「ぎゅ!?」

「今しかねぇ!ここだっ!!!」

 俺は渾身の力を込め、ゴリルサギの顔へ右拳を叩きつける。俺の右拳は、ゴリルサギの左頬に当たり、そのまま体勢を大きく崩して後ろに倒れた。

「やったぜ!アニキ!ひゃっほ~!」

 遠くでマグナが嬉しそうに空をパタパタと飛び回っている。

 ゴリルサギは倒れたままピクリとも動かない。

「や…やった…のか…?」

 本当に?あのゴリルサギを?

 あまりにもあっけなく終わったような気がする。奥の手も出しちゃいないし、何より、たった一撃で倒せたことに、俺は何か引っかかりを感じていた。

 何かが腑に落ちない。何か違和感を感じる。

「アニキ!やりましたね!アッシは感動しちまいやしたぜ!……アニキ?」

 マグナが俺の方へと近づいて来る。

 そして、ゴリルサギの横を通ろうとした瞬間………

「なっ!?」

 ゴリルサギはむくりと起き上がり、馬鹿でかい咆哮を上げる。

「ぎゅうあぁぁあアアアアアア!!!!!」

 その咆哮は、激しい怒りを伴っており、周りの空間が震えるぐらい、凄まじいものだった。

「ピ…ピェッ………」

「マグナッ!」

 俺は体が硬直しているマグナを急いで回収し、ゴリルサギから距離をとる。

「マグナ、大丈夫か?」

「ええ…ア…アッシは…大丈夫ですぜ!」

 マグナは今にも泣き出しそうな顔を見せながら、強がってみせる。

「マグナ、下がっていてくれ」

「わ…分かりやした…」

 そう言うとマグナは再び離れて行く。

「…そうか」

 あの咆哮…そして、俺が感じていた違和感の正体が、分かった。


ゴリルサギは………本気じゃなかった………


 ゆっくりとこちらへ振り返るゴリルサギは、真っ赤に染まった瞳と、体から紅い、深紅のオーラのようなものを身にまとっていた。

「それが、お前の本気か…」

 これが、俺とゴリルサギの第二ラウンドの始まりだった。

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