第2話 戦い②

「よし!分かった、やってみる!だが、戦い方とか分からねぇんだけど?」

 元いた世界では、何の変哲もない平々凡々とした人生だった。誰かと争うなんてしたくなかったし、痛いのも嫌いだった。

 それがいきなり魔獣と戦うことになるなんて…どうすればいいのか分からない。

「んー…そうですね、アニキは戦闘民族なんで、思うように動けばいいと思いやす」

「思うようにか…分かった!やってみる!」

「本当に危なくなったら助けやすぜ!アニキ、頑張って下せぇね!」

 マグナはそう言って、俺の後方へと飛んでいく。

「よし!やるか!」

 俺は、ドリルサギがこちらを向いていないことを確認して、一気に飛びかかる。

「はぁぁぁあああ!」

 初手、俺の大ぶりの右ストレートが炸裂…したと思いきや、そこにドリルサギの姿はなく、俺の拳は岩を叩きつけていた。

「くそっ!どこに行った!」

 俺は辺りを見回す。しかし、ドリルサギの姿を捉えることは出来なかった。

 そして、俺は気づいてしまった…俺の右手の異変に。

 力いっぱい硬い岩を殴った影響か、俺の右手は大きく腫れ上がっていたのだ。

「う……マジか…いっっってぇぇぇぇええええ!!!!!」

 遅れてやって来た痛みに、思わずその場に崩れ落ちてしまう。

「くっそぉ…めちゃくちゃ痛い…」

 俺はその時、自分の事ばかりを考えていて、ここがどんな場所か頭になかった。

 マグナを呼ぼうと顔を上げると、俺の周囲は真っ白く染まっていた。

「ええっと………雪…じゃ…ないよな?」

 俺の周囲の真っ白いそれは、降り積もった雪と見間違えるほどのドリルサギの大群だった。

「許してって言ったら、許してくれるかな?」

 俺は笑顔でドリルサギの群れにそう問いかける。

 まぁ…話が通じるわけないよな………

 そこからはもう一方的だった。俺は角で刺され、時には足蹴にされ、それはそれはひどい目にあった。

 やがて、異変に気付いたマグナに助けられるまで、その蹂躙は続いた。

「ア…アニキ!今助けやす!!!」

 後から聞いた話だが、マグナはこの時、俺が怪我した時のために、薬草を取りに行っていたらしい。時間にして、およそ数分ぐらいと言っていた。俺には、その数分がとても長いように感じられた。

「痛ぇ~」

 その日の夜、俺は再び体中の痛みに襲われていた。

 あれだけやられたのにも関わらず致命傷もなく、大きな傷もなかった。

 ただ、体のあちこちに痣が出来ており、打撲のような痛みを感じる。

「アニキ…すいやせん!アッシが目を離したすきに、あんなことになっているなんて…」

 マグナは今日摘んだ薬草を早速俺の全身に張り付ける。薬草ってそう使うのか………あってるのか?

「いや、マグナのせいじゃないさ。あんなことになるなんて、誰も予想出来ないだろうしな」

 今日出会ったあの魔獣、ドリルサギは、普段は単独行動をしているらしい。しかし、何故だかいつもと様子が違ったみたいだった。

「ドリルサギが群れを作るときは、決まって大移動をする時なんです。でも、そんなのは滅多にないはず。この辺りは他の魔獣も弱いし……もしかして…」

 マグナはそこで、何かに気づいたようだ。

「何だ?何かあるのか?」

「う~ん…これはあくまで、仮説なんですが…」

 薬草を張り終えたマグナが、俺の目の前まで来る。

 そしてマグナは、緊張した様子で俺に告げる。


「ドリルサギの…特異種シークレット個体が出現した可能性が高いですぜ…」


 マグナは、苦虫を嚙み潰したような顔でそう告げる。

「えっと…特異種シークレット個体って何だ?」

 マグナの顔からして、嫌な予感がプンプンするな。

「そう言えば、アニキにはまだ言ってやせんでしたね」

 おほん、と可愛らしく咳払いをしてから、マグナは説明を始める。

特異種シークレットという言葉が示すように、通常個体とは明らかに違う存在…要するに、魔獣の突然変異体のことですぜ!それに、特異種シークレット個体は、元の魔獣よりもさらに強いです」

 魔獣の突然変異だと!?そんなのありかよ、ただでさえ強い魔獣がゴロゴロいるってのに、さらに強化された魔獣なんて…反則だろ。

「ちなみになんだが、ドリルサギの特異種シークレットって、どれだけ強いんだ?」

 通常個体のドリルサギがあれだけ強かったんだ(マグナが言うには弱いらしい)その特異種シークレットともなると、とんでもない強さだろうな。

「大きさと強さは、おおよそドリルサギの十倍ぐらいですぜ」

「じ…十倍!?」

「ええ、しかもそれだけじゃないですぜ!奴は、群れを形成しやす。それも、大規模な」

 なるほど…そういうことか。マグナが言っていたことの意味がようやく理解できた。

 ドリルサギの習性は、滅多に群れを作らず、大移動をする時だけ外敵から身を守るために、大規模な群れを形成する。そして、ドリルサギの特異種シークレット個体は、自分の群れを作る。

 ドリルサギ達は、ここから別の場所に向かう様子もなかった。

 つまり、ドリルサギの特異種シークレットがいるということか。

「マグナがここに来た時は、ドリルサギは群れてなかったのか?」

「ええ、アニキを運んで来た時もドリルサギは群れてはいなかったですぜ!」

 それじゃあ、この一週間ほどで、ドリルサギの特異種シークレット個体が誕生し、大規模な群れを作ったということか…恐ろしいまでの速さだな…

「アニキ…アッシは、明日にでもこの場所から逃げた方がいいと思いやす。アニキもまだ完治していませんし、恐らくですが、特異種シークレットが誕生したのはここ数日…だとすれば、まだ群れ自体はそこまで大きくはないはずです」

 そう言って、上目遣いでこちらを覗き込むマグナ。俺のことを本気で心配してくれているんだな。

「そうだな…でも、ここから逃げても、この森からは出れないんだろ?」

 この森は、強い魔獣がそこらじゅうにいるらしい。そりゃあ早く出て、この世界の町とか、人のいる場所に行きたいが、今の俺じゃ強い魔獣に出くわした時点で一巻の終わりだ。

「それはそうですが…ですが、このままじゃ危ないですぜ…」

「確かにそうだな…でも、一つ手がある。マグナ、ドリルサギの群れは一週間でどれほど大きくなる?」

「一週間でですかい?う~ん……今がどれだけいるかは分からないですが、おおよそ倍ぐらいですね。…アニキ?一体何を?…まさかとは思いやすが…」

 今日、ドリルサギと戦ってみたが、見事に完敗した。だが、一つ思ったことがある。ドリルサギは、群れで襲い掛かって来たからあんなに強かったんじゃないのか…と。

 恐らくだが、一対一なら、いい勝負が出来るはずだ。

 そして俺は、戦闘民族であるルビア人だ。戦うたびに強くなる。

「マグナ…一週間だ。一週間で、ドリルサギの特異種シークレットと戦えるぐらい、強くなって見せる!」

「ア…ア……アニキ…………」

 俺がそう言い切ると、マグナはどこからか取り出してきたハンカチで、涙を拭き、鼻をかむ。

「分かりやした!アニキがそうおっしゃるのなら、アッシはそれに従うまで!どこまでもお供いたしやす!アニキ!」

 そして、俺たちは握手を交わした。右手はまだ腫れており、ズキズキと痛みを感じるが、動かせないほどではない。

 痛いことや争いなど、俺は嫌いだ。でも、いつまでも逃げてばかりもいられないからな。この世界に転生した時点で、いつかはぶち当たる壁なんだ、乗り越えて見せる。

 それに、この洞窟と同じような場所を見つけられなかったら、マグナを危険な目に合わせてしまう。マグナを守る為にも、早く強くならなければいけないな。

「よしっ!そうと決まれば、今日は早めに寝るとするか!」

「ええ!そうですね、では寝るとしやしょう!」

 そうして、俺は布団に入る。布団とは言っても、草で作られた物なので、寝心地はあまり良くない。

 だが、この日は疲れからか、眠るのに数分も掛からなかった。

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