第2話 戦い①

「さぁ!朝食が出来やしたぜ!リトラのアニキ!」

「ありがとうなマグナ!」

 この森でアニキと出会ってから、もうすぐで一週間ほどが経ちやす。

 アニキは全身がボロボロでしたが、もう痛みを感じないらしい。

「はいっアニキ!口を開けて下だせぇ!」

「いや、俺もう自分で食べれるぞ?」

 治療に数か月はかかるような傷だったのに、二日ほど前からアニキは体を動かせるようになっている。

 だが、はっきり言って、そんなことはあり得ないですぜ。

「そんな…アニキはまだ、完治してないんですぜ!完全に治るまでは、アッシが食べるのを手伝いますんで、遠慮しないで食べてくだせぇ!」

 体は動くとは言っても、まだ恐らく完治はしていないはず。

「本当にもう何ともないんだけどなぁ」

「うーん…本当にもう痛くないんですかい?」

「ああ、全然痛くないな。多分、飛んだり跳ねたり、走っても大丈夫だと思うぞ?」

 アニキはそう言うと、準備運動をしている。

 このままでは、アニキは本当に走り出すだろう。

 まぁ、アニキが大丈夫だと言うのなら、信じるしかありやせんね。

「分かりやした!アニキが大丈夫だとおっしゃるならば、アッシはそれに従います!でも、本当に無理だけはしないで下せぇね?」

 この一週間、アニキを見ていて思ったことがある。

 アニキは、アッシの料理をとても美味しそうに食べてくれる。

 今日も、朝食をとてもいい笑顔で頬張っている。

 そんなリトラを見つめながら、マグナは物思いにふける。

(アニキは特殊な種族だけど、いくらなんでも傷の治りが早すぎる。無茶をしてるようには見えないし…)

 あれだけの大怪我だ、本来であれば、治るのに半年ほどは掛かる。それでなくても、体を動かせるようになるまで、まだまだ時間が必要だろう。

 しかしこの少年は、一週間もしないうちに動き始め、今ではもうほぼ完治しているという。

(異常だ…)

 マグナは心の中で思う。

 千年前の勇者様でも、ここまで傷の治りは早くなかった。

「ごちそうさま!」

 マグナが考え込んでいる間に、リトラは朝食を食べ終える。

「今日のご飯も美味しかったよ!ありがとうな、マグナ!」

「いえいえ!いいんすよ!」

 眩しいくらいのいい笑顔でそう言うリトラに、マグナは照れながら答える。

 まぁ難しく考えるのは止めるとしやすか。アニキが大丈夫だって言ってるなら、アッシはそれを信じるとしやしょう。

 マグナは食器をかたずけながら、一応は納得する。自分の中ではまだ少し納得出来ていない部分もあるが、それらを飲み込み、心にしまう。

 アニキとアッシは一緒に朝食の食器を、洞窟の奥にある台所まで運び、食器を洗っていく。

「なぁマグナ?」

「ん?どうしやした?」

 アニキは洗い終わった食器を拭きながら、アッシに問いかける。

「今日、外に出たいんだけど、いいか?」

「えっ!今日ですかい?」

 確かにアニキは勇者であるため、この森を抜け出せるくらい強くなってほしい。

 本来であれば、傷が完治するまではあまり危険なことはしてほしくないですが…仕方がないですね。

「…分かりやした!外に出てもいいですぜ!」

「ほんとか!ありがとうなマグナ!」

「いえいえ!そうと決まれば、早くこれをかたずけちまいやしょう!」

「おー!」

 外に出れば、強い魔獣がウロウロしている。いくらアニキが戦闘民族だとしても、まだ召喚されて日が浅い。アッシが全力でお守りしないと!

 マグナはそう強く心に誓うのだった。

「へぇ~これが今の俺か~」

 マグナから外出の許可が出て、俺たちは近くの小川まで散策することにした。久しぶりに日光を浴び、心が晴れやかな気持ちになる。

 洞窟の暮らしもいいけど、やはり日光を浴びないとどうしても元気が出ない気がする。

 水面に映る俺はとても若く、手足の大きさや顔の幼さから言っておよそ十二・三歳ぐらいだと思う。紅色の髪と深紅の瞳は、流石異世界といったところか。

「戦闘民族って言っても、ほとんど人間と変わりはありませんぜ!」

「へぇ~、そうなのか〜」

 大昔に滅びた種族、戦闘民族ルビア人。マグナもほとんど知らない、謎に包まれた種族だ。

 何故、何のためにルビア人としてこの世界に転生したのか分からない。

 まぁ、色々考えても仕方がないか…

「ん?何だこれ?」

「どうしやした?」

 俺は水面に映った自身の顔をよく見る。

 何やら、首の左側から左頬にかけて、紋様のようなものが入っている。

「なぁマグナ、これって一体何なんだ?」

「あーこれはですね、アッシの知っているのとは少し違いやすが、恐らく女神アルカナの紋章ですぜ!」

「女神アルカナの紋章?」

 何でこんな位置にあるんだ?こういうのって、手の甲とか、額とかにあるもんじゃないのか?

 まぁ、元の世界の知識で考えちゃ駄目だよな。

「千年前の勇者様もアルカナの紋章がありやした。アニキと違って、手の甲にありやしたぜ!」

「な!?そうなのか!?」

 何故、女神アルカナはこんな目立つ場所に紋章を刻んだのか…これじゃあ人と話すとき、怖がらせてしまうんじゃないか?

「何でこんな場所に…」

 俺はガクッとその場に膝を付く。

 そんな俺を見てか、マグナは俺の背に手を置く。

「大丈夫ですかアニキ?アニキは紋章の位置を気にしているようですが、アッシは格好いいと思いやすぜ!」

「ほ…ほんとか?」

「ええ!本当ですぜ!」

 マグナは俺の目を見て真っ直ぐにそう答える。

 本当に、マグナは優しいな。

「ありがとうな!」

「いえ!へへっ!」

 マグナが照れているときは、羽をパタパタとするので、とても分かりやすい。

 そんなやり取りをしていると、不意に近くの茂みから、ガサガサッという音が聞こえてくる。

「な、何だ!」

「シッ!駄目ですぜアニキ!大きな声を出しちゃ!」

 いや…確かに驚いて声が出てしまったのはある。それは認める。

 だが…マグナの方が声が大きいんだが?もしかして、マグナって意外と天然なのか?

 そんなことを考えているうちに、茂みから何かがこちらに向かって飛び出して来た。

「あれは…」

 マグナが小さく呟く。

 俺達の視線の先にいるのは、真っ白い兎のような動物だった。

 その兎の額には、鋭い角が生えており、口には鋭い牙が並んでいる。

「な…なぁマグナ?あれは一体…兎…じゃないよな?」

「ええ…兎じゃないですぜ!あれは…ドリルサギと呼ばれる魔獣です」

「つ…強いのか?」

 俺はゴクリと生唾を飲み込む。つい先日、俺はこの森の魔獣にボコボコにやられたばかりだ。背には薄っすらと冷や汗をかいている。

「ドリルサギはですね…」

 俺たちの方へと徐々に近づくドリルサギ。

 俺は身構え、続くマグナの言葉を待つ。そして…

「はっきり言ってめちゃくちゃ弱いです。多分、今のアニキでも勝てやす」

「よ、弱いのか!?」

 マグナ…だったら早く言おうな…俺、ちょっと怖かったんだぞ…

「どうしやすアニキ?今の万全じゃない状態でも勝てると思いやすが…戦いやすかね?」

 マグナはのんびりとした様子でそう問いかけてくる。

 マグナは、過保護なくらい俺の傷を心配していた。そのマグナが、ここまで落ち着いた様子で言っているんだ…本当に弱いんだな、ドリルサギは。

 それに、この森には強い魔獣がいっぱいいるらしいしな。いつかは、そいつらとも戦う日が来るんだ。ここで経験を積んでおくのもありだろう。

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